<南風>君はなぜウソをつくのか

 祖母は、教会の帰りにバス停でバスを待っていて、泥酔した米兵の車にひかれて死んだ。復帰前のことで、運転していた米兵2人は無罪になった。私たちには何の力もなく、何もできなかった。事故を起こした米兵の上司の将校が2人、通訳をともなって焼香にきたが、祖母はクリスチャンだから線香はいらないと言うと、通訳の沖縄人女性に無礼だと非難された記憶がある。私はまだ小学生だったが、この時、人の命の重みは国籍で違うということを知った。不思議と事故を起こした米兵個人への憎しみはそう大きくはならず、この状況や制度を許している世の中を強く恨んだ。それから教会にも行かなくなり、信仰も捨てた。

 同じ頃に同様の事件が数多く起きたが、なかでも本校の生徒が犠牲になった国場君事件はよく知られている。そう思っていたが、現在の上山中では忘れられていたので、もう一度教材化し、慰霊の日特設授業に取り組んでいる。報道写真をはじめ授業に活用できる様々な資料が残されているので助かる。一方で、私は大人になって祖母の事件についての記録を捜し続けているが、なかなか見つからない。誤解を恐れず言うと、中学生と年老いた祖母とでは、ニュース素材として命の価値が違ったのだろうと考えている。

 祖母が事故にあった近くに建った佐喜真美術館で個展をすることになった。展示室は祖母の骨を拾った記憶と結びつくサンゴの作品で構成した。さらに屋外にも、自作の漆塗りの盆を多数置き、水を張る。すべての盆の底に言葉を書いた。言葉は水の揺らぎで読みづらく、水面にはのぞき込む自分の影も写り込む。歩きながら目をこらし繰り返し同じ言葉を読む。「君はなぜウソをつくか」。私は何に目を背け、何に言い訳をし、何を偽っているのか。ずっと問いかけ続けている。
(前田比呂也、那覇市立上山中学校校長 美術家)



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