<南風>知ったかぶり

 知ったかぶりはいけない。でも、つい知ったかぶりをしてしまうことがある。

 …腹話術師になる以前のこと。池袋のラーメン屋に行列ができていた。よく知らない店だけど並んでみた。大体が一人の来店で無言の行列だった。しばらくして店員さんが紙とペンを持って出てきた。行列の一人一人に何かを尋ねている。近くの人に差し掛かった時に何となく声が聞こえてきた。どうやら注文を取っているらしい。予(あらかじ)め聞いておいて、入店と同時にラーメンが出てくるというシステムだ。

 しかし店員の手にメニューはない。ただ受けた注文を記入しているだけである。初めて来た店のメニューなんて知るわけがない。周りの客は常連さんなのか皆即答している。「…もり」という声が、私の二人前あたりから聞こえてきた。そして目の前の人が注文する時に聞き耳を立てた…。「かつもり」そう聞こえた。次に私も真似して「かつもり」とハッキリ注文した。舞台役者なので声はよく通ったと思う。でも、その自信に反して周りの人たちは一瞬「なに?」という表情で一斉に私に眼(め)を向けたのだ。誰が何を注文しようと無関心なお一人様の行列がである。だが注文を取った店員は無表情でメモしていた。

 いい声過ぎた自分を少し反省した。「ラーメンの上に、どんな分厚いトンカツがのっているのかなぁ!」想像を巡らせていた。やっとお店の中に入れた。次々にラーメンが運ばれてくる。後に知ったのだが、この「大勝軒」というラーメン屋はとても有名で、ラーメンのことを「中華そば」という。名物はつけ麺で「もりそば」と呼んでいる。中華そばを盛っているから。水でしめずに熱いままのもりそばのことを「あつもり」という。なのに私は滑舌よく「カツモリ」を注文したのだ。そりゃ見られるわ!…でも通じてはいた。
(いっこく堂 腹話術師)



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