<南風>ガンジューオバァ


社会
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 私の夢はガンジューオバァになることです。できればウチナァグチをバンナイ使えるオバァを目指したい。ウチナァの歴史を伝え、舞や唄も名人芸の、そんなオバァになりたい。

 長野で暮らし始めた頃、お年寄りへの対し方が沖縄とは随分違うと感じました。なんだか除(の)け者扱いという感じなのです。お年寄りの方たちも自分たちは半分棺桶(かんおけ)に足突っ込んでいると言い合っている。

 どうして?

 長く生きてきたということは、それだけ経験値が高いということ、私たちが生まれる前の社会はどうだったのか、文献に当たるよりずっと説得力のある実体験をもっともっと語っていただきたいと思います。

 白保の海を守る闘いの中で、オバァが50ccバイクのヘルメットで身を固め、機動隊の足にかじりついて抵抗したという話を聞いた時、なんてカッコいいオバァだと感動しました。ケイノーのオバァといって、踊りを舞わせても村一番のモウヤーだったという石垣島の憧れのガンジューオバァです。

 沖縄島にも私たちの宝、島袋文子オバァがいらっしゃいます。もちろん他にも尊敬すべき大先輩方はたくさんおいでですが、オバァは先生の上に君臨する不動の座だと思うのです。決して嫁いじめの陰険オバァにならないよう重々気をつけて、弱きを助け強きをくじき、ヒマさえあれば座り込み、ユーモアと威厳を兼ね備え、子孫のために果敢に闘う! そんなオバァに私はなりたい。

 そのためには日々精進して歴史を学び、ウチナァグチを学び、喝の入れ方を学び、足腰を鍛え、眼力をつけ、演技力も身につけたい。

 ゆかるひの常連のお客様にもうすでにガンジューですよと言われました! いえいえ、まだまだガンジューオバァへの道は険しく遠いのです。
(屋嘉道子、ブックカフェ&ホール「ゆかるひ」店主)