<南風>山之口貘としまくとぅば


社会
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 今日(9月11日)は、山之口貘さんの生誕から115年目の日だ。

 私が貘さんを知ったのは、高校の国語の授業だった。貘さんが沖縄出身の詩人だと教えてもらった後、那覇市の与儀公園にある貘さんの詩碑の前で記念写真を撮るという課題が出された。

 同級生たちと見に行った詩碑には、貘さん直筆の「座蒲団」が刻まれていた。当時の私にはなかなか難しかったが、飄々(ひょうひょう)とした雰囲気が印象に残った。

 そのおかげで貘さんを覚えていた私は、ヤマトでの学生時代、沖縄が恋しくなると貘さんの詩集を手に取ったりした。

 社会人になり、貘さんの詩集を読む機会が無くなってしまっていたが、5年前の生誕110年記念祭で、関連事業や書籍販売に携わり、貘さんの人気ぶりを実感した。

 特に、貘さんの娘さん、山之口泉さんも登壇した新報ホールでのイベントは、会場から人が溢(あふ)れるほど盛況だった。

 その機会に改めて貘さんの詩にふれ、衝撃を受けたのが「弾を浴びた島」だ。

 「島の土を踏んだとたんに/ガンジューイとあいさつしたところ/はいおかげさまで元気ですとか言って/島の人は日本語で来たのだ/郷愁はいささか戸惑いしてしまって/ウチナーグチマディン ムル/イクサニ サッタルバスイと言うと/島の人は苦笑したのだが/沖縄語は上手ですねと来たのだ」

 貘さんは、母語である沖縄語が失われていくことがとてもショックだったという。しまくとぅば復興を考えるときにも、貘さんの作品は多くのことを教えてくれると思う。

 しまんちゅスクールでは10月14日(日)、『山之口貘詩集』(岩波文庫)編者の高良勉さん(詩人)を講師に、貘さん生誕115年記念講座を企画している。
(照屋みどり、しまんちゅスクール代表)