<南風>歴史の語り手


社会
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 「タクシードライバー」と言えば、ロバート・デ・ニーロ主演の往年の名画ですが、それ以上に感銘を受けた映画が「タクシー運転手」です。韓国で大ヒットした作品くらいの知識しかなかったのですが、桜坂劇場で上映されていると知り、足を運んでみました。

 舞台は1980年の韓国・光州市。韓国現代史上、最大の悲劇とされる「光州事件」に遭遇したタクシー運転手の実話に基づく物語です。政治には無関心だった主人公が、市民の民主化要求デモを弾圧する軍の暴虐ぶりに憤りを覚え、流血の事態を外の世界に知らせようと奔走する姿が描かれています。主演を務めた名優ソン・ガンホの演技も秀逸で、これだけ心が揺さぶられる映画を見たのは久しぶりでした。

 今でこそ北朝鮮の独裁体制が批判されますが、つい30年前までは韓国も非民主的な軍部独裁の国でした。その象徴である光州事件に強い関心を持つようになったのは、「モレシゲ(砂時計)」という韓国のTVドラマがきっかけでした。90年代、米国で勤務していた時、知り合いの韓国人女性が「爆発的にヒットしたドラマがある」と録画のビデオを貸してくれました。未曽有の事件に翻弄される若者たちの半生を描いた傑作で、後に日本のBSでも放送されています。

 光州事件をめぐっては、軍の横暴や地域差別など沖縄の歴史と重なり合う要素も指摘されています。こうした政治的に敏感なテーマに映画やドラマが挑むことは、歴史の語り手としての役割を担うことでもあります。日本では戦争ものを除いて、政治的な題材を正面から扱った映画にお目にかかることはまれです。娯楽や風刺の力を借りて政治の負の部分を語れるかどうかは、社会としての懐の深さが問われる問題なのだろうと思います。もちろん自戒も込めてのことですが。
(傍田賢治、NHK沖縄放送局局長)