<南風>本当に必要なものは


社会
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 去年11月上旬に京都で「バルパライソの長い坂をくだる話」という演劇作品を発表した。これは、わたしがアルゼンチンに留学していたときの体験などを元に執筆したもので、出演者もアルゼンチンからの俳優たちだった。それから早くも1年が過ぎてしまった。

 アルゼンチンには2016年10月から17年8月までの11カ月間留学した。首都のブエノスアイレスの下町と呼ばれるサンテルモ地区で部屋を借りた。ブエノスアイレスでは外国人がアパートを借りることはとてもハードルが高い。そのため、たいてい皆シェアハウスに住んでいる。わたしもそうした。バスルームとキッチン、リビングなどが共用で、部屋は6畳ないくらいの大きさ。光熱費は家賃に含まれ、週に1度、清掃も入った。

 ブエノスアイレスは20世紀初頭に繁栄を極め、街は歴史ある建物であふれていて、わたしが住んだ家も築110年を超えていた。サンテルモ地区にはそういった家が立ち並んでいる。

 現在、この国の経済状況はとてもよくないので、物価の変動が激しい。家賃や食費もそうだが、衣類は特に高かったように思う。同じような服や靴が、日本の1・5倍から2倍くらいの値段で売られていて、滞在中、ついに服を買うことはなかった。

 ブエノスアイレスには二つのスーツケースに服や本、調味料などを詰めて行った。8月に帰るとき、調味料を入れていたスペースに、現地で買った本やお土産のワインなどを入れた。

 雪こそ降らないが冬は0度近くまで下がり、夏は40度を超えることもある環境だったが、私は二つのスーツケースに入る量の荷物だけで、約1年を過ごすことができたのだった。

 いま自分の部屋を見回すと物であふれている。その大半の物はこの1年、触れてすらいない。
(神里雄大、作家・舞台演出家)