<南風>「故郷」とは


社会
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 実家が札幌に引っ越すことになった。実家と言っても、父親は3年前に亡くなったので、母親が生まれ故郷の札幌に帰ることになった。

 沖縄に生まれ、7歳でペルーへ行った父は、留学生として北海道に来たのだった。留学生たちは希望の大学を言うことができたが、どういうわけか父はそれをしなかった。その結果、寒さから人気のなかったらしい北海道大学に行くことになったのだという。そこで母と出会った。この話は父が亡くなったあと母から聞いた話で、どこまで正確なのかはわからない。

 結婚式は沖縄と北海道で派手にやったらしい。父は仕事で海外にいることが多かったので、夏休みになると、母と弟と札幌に長く滞在した。父と沖縄に来た記憶は、中学生のときの一度だけ。

 最近は、沖縄に行くことのほうが多くなっていたけれど、これを機に北海道への訪問も増えそうで、「バランス」がとれるような気がしている。

 いささか変な話だが、沖縄と北海道への訪問が、わたしが関東にいることを可能にしてくれるような気が、最近はしている。わたしには故郷というものの感覚がない。沖縄にばかり行っていると母親やその親戚に後ろめたい気がしてしまい、かつて北海道ばかり行っていたことを思い出すと、やはり父親や親戚に対して申し訳なさを感じる。

 本当は「中央」にいたくない、というのもある。この数年、東京という「中央」にいる意味など本当はあるのだろうか、とずっと考えている。中央は、中央でないものに暴力を振るうものだ。そんな土地からはできるだけ離れようとして、やたらと移動しようとしているのかもしれない。

 わたしの回はこれで終了です。来年は那覇で公演もやりますので、今後もよろしくお願い申し上げます。
(神里雄大、作家・舞台演出家)