<南風>3月の登り窯


社会
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 先日、私は3月に焚(た)く登り窯の準備を手伝うため、県立芸大の首里崎山キャンパスにいた。キャンパスは、デザイン棟、彫刻棟、工芸棟に分かれており、工芸棟では染、織、漆、そして陶芸の学生が制作している。ちょうどその頃、学生は2月17日まで沖縄県立博物館・美術館で行われた卒業・修了作品展への準備が佳境であった。ちなみに、今回の原稿が掲載されるのは展示が終わったあとであることが悔やまれるところである。

 陶芸専攻の学生たちは焼き上がった作品の処理をしたり、作品を載せる台を作ったりしていた。というのも、陶芸は焼き上がったあとから直すことは難しく、もうその作品を受け入れるしかない。それを受け入れ、展示に向かう彼らの表情はすがすがしく見えた。

 陶芸は、一度作り手の手を離れ、火によって物質が変化してしまう。土が石になり、釉薬(ゆうやく)が色を変える。どのように変化するかどうか想像しながら作るのだが、すべて自分の手でコントロールできないのが陶芸の難しいところでもあり、面白いところでもある。学生たちは自分の思い描いているものへ近づけようと、時間をかけ想像し作り上げたことだろう。

 芸大に足を運ぶたびに学生の作業している姿や作品をみる。仕事として作陶しているがために、作業の効率性や材料費などのことをどうしても考えてしまう自分がいる。自分自身もそうであったが、学生たちにとってはそんなことよりも、その時その瞬間に感じたものを素直に表現しようとする思いがある。力強く、奇想天外で、面白い。私にはそれが羨(うらや)ましくもあり、ものづくりにおいての考え方を今一度考えさせられるのである。

 3月の登り窯は学生たちとともに、作品を焚くことになっている。どんなものが生み出され、出会えるのだろう。
(山本憲卓、陶芸家)