<南風>卵の殻を破らないで(上)


社会
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 娘は小学4年生から中学校までの約6年間不登校でした。

 毎朝、今日は学校に行ってくれるだろうかと期待と不安を抱えながら後ろ髪を引かれる思いで出勤し、仕事の合間に学校に電話を入れ、登校できなかったことに落胆し、夕方帰宅中の車内で、今日も行けなかった娘にイライラしました。

 家に帰ってから、「なんで学校に行けなかったのか、今日こそきちんと理由を言いなさい」「いったい何が原因なの」と、毎日尋問を繰り返していました。

 「うちでダラダラ過ごして、なまけているんじゃないの」「母さんはめったなことでは学校を休まなかったのに、あんたはなんでそんなに簡単に学校を休むの」。そんな怒りを日々感じていました。責め続ける私の前で、どうしてか分からないけど、学校に行けないと、娘は何度も泣きました。

 私には理解できませんでした。こんなやり取りがしばらく続き、いつしか私は娘を学校に行けない悪い子として見ていました。そして私たちは機能不全親子となりました。会話が減り、笑顔が無くなり、険悪なムードが漂う中、それでも親としてどうにかできないかと悩んでいたどん底で、信頼できるカウンセラーの友人にアドバイスを求めました。

 「まずは彼女を一切否定せずに受け入れることからやってみてごらん」。そこから、私はアドバイス通り、責めたい気持ちを封印し、学校の話題は避け、「今日もうちでゆっくり過ごせたかな」「気分はどう」「ご飯はおいしかったかな」「明日は何作ろうか」。そんな会話を交わし、今日もあなたが元気でよかった、ありがとう、と伝えるようにしました。

 現状を受け入れることで精いっぱいでしたので、最初はぎこちない声かけでしたが、閉ざしていた娘の心がだんだんと開き始め、会話が増えるたびにうれしくなりました。次回に続く。
(糸数未希、にじのはしファンド代表)