<南風>進撃のニンジン


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 その日はいつもと同じ朝でした。目を覚ました子供たちがスーパー戦隊の録画を見始め、妻は保育園のしたく。コーヒーを1杯飲み終えたボクは、朝ごはんを作っていました。子供たちが大好きなニンジンシリシリ。ヘタをとり、皮をむき、そしてシリシリ器に押し付け、擦りこませる。ニンジンはシャッシャと音を立て千切り状になり穴から出てくる。それを何度も繰り返す。

 思えば、本来なら包丁で細かく千切りにする作業を、擦りつけるだけのシリシリ器はどれだけ便利な道具であろう。また、それだけ金具部分は鋭く、時にそれが恐ろしい凶器に変貌する事を忘れてはならないはずだったのに…。体重をかけ、小気味よくシリシリシリシリ。力を入れ、内から外にシリシリシリシリ。ニンジンはどんどん削れ、小さくなっていく。ニンジンをつかんだ指先がどんどんシリシリ器に近づく。シリシリシリシリ。シリシリシリシリ。止まらない。その間もシリシリ器はどんどん指先に迫る。相変わらず子供たちはテレビにくぎづけ、妻は洗濯機を回し始める。誰か止めて。

 しかし、ボクはニンジンを放さない。まるでとりつかれたかのようにシリシリシリシリ…駆逐してやる…。そして、ついにシリシリ器はその凶暴な牙をボクの指先に向けた。「アギャッ!」強烈な痛みが指先に走る。ボクの手はようやく止まり、流れ出る赤い血をただただ見つめる。

 どうして止められなかったのだろう…。これまでいろんな人の血肉を食らいシリシリ器は物の怪(け)と化したのか。ニンジンをシリシリしていたはずなのに、いつの間にかシリシリされる側にいた。怖かった。その後、何もなかったかのように完成したそれを子供たちはパクパク食べた…ボクの血と肉が入ったそれを…。そして、食べ終わって言った「ニン…ゲン、オカワリ」と。
(上原圭太、漫才コンビ・プロパン7)