<南風>ほほ笑み

 先日、デパートのエレベーターで、まだ生まれて数カ月もたっていない赤ちゃんに出会った。

 私の車いすと子がベビーカーと隣り合わせになり、ベビーカーを見ると無心に眠る赤ちゃんがいた。突然、赤ちゃんが最高の笑顔に変わった。眠りながらのそのほほ笑みは、長年私が描こうとして求め続けた「幼子のほほ笑み」そのものだった。

 その時の感動は言葉では表せない。障がいが重くなった今、足指で絵筆は持てなくなったが、探し求めていたものが幻想でなかったことの喜びは大きい。それは、私たちが生まれながらに持っている喜怒哀楽のうち「喜」に当たる部分だと思う。探し求め、描きたかったそれを、幼子の笑みによって感じられたのだ。

 話題は変わるが、最近お笑い界の芸人さんがあふれるほどいて、みんな生き残るためにネタ探しで必死で、下ネタにまで落ちている。

 ほほ笑み、喜び、笑い合い、共に生きる。せめて沖縄の芸人さんたちだけでもそうであってほしい。

 言葉の乱れは国が滅びる前触れと聞く。他府県に左右されない沖縄独自のしまくとぅばを取り入れたお笑いを考えられないものだろうか。そうすることによって沖縄の良さをアピールでき、誇りある「わったーウチナー」の存続にもつながるのではないだろうか。

 私の沖縄に移住するきっかけは、友達から聞いたうちなーぐちの一言「いちゃりばチョーディ」である。ここには道徳のすべてが込められている。誇るべき沖縄の魂なのだ。

 ウチナーの存続が危ぶまれる危険な時代に、下ネタのお笑いが受けている現実が悲しい…。先日素敵な笑みを見せてくれた赤ちゃんの未来に、優しく深い意味を持つしまくとぅばが豊かにあることを祈らずにはいられない。
(木村浩子 歌人、画家)




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