<南風>科学と芸術


社会
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 沖縄科学技術大学院大学(OIST)の学長に就任し、初めて沖縄の地に降り立った私を出迎えてくれた運転手さんは、車の中でクラッシック音楽を聴いていました。ベートーヴェン、モーツァルト、ショパン、シュトラウス…。運転手さんのプレイリストには偉大な作曲家の音楽がたくさん入っていました。スピーカーから流れるそれらの音楽を聴きながら、私はまるで、芸術を愛してやまない国民性である祖国ドイツにいるかのような感覚におちいりました。

 その1週間後、OISTの講堂で沖縄伝統芸能の公演が行われ、私は琉球の古典音楽、民謡、舞踊にすっかり魅了されました。組踊は西洋のオペラとも比較されるようですが、琉球王国が独自の美学と生活に根付いた豊かな文化を育んできたことを、肌で感じました。

 他の芸術もそうですが、音楽には創造性が大切です。科学も同様に創造性を必要とします。音楽も科学もその分野をマスターすることが必要ですが、新しく、価値のあるものを形成する創造性が不可欠なのです。沖縄の人々が確立してきた独自の伝統と文化に各国の創造的な科学者が出合うことで、世界レベルの研究を生み出す肥沃(ひよく)な土壌はつくられていくのです。

 恩納村の海岸沿いをジョギングしていた時のことです。午後5時になって、村内に設置されたスピーカーから流れてきた音楽にびっくりしました。私が子どもの頃から親しんでいた、ゲーテの詩にシューベルトが曲をつけた歌曲「野ばら」だったのです。このような素晴らしい方法で時間を知らせるとは、なんて文化的なのでしょう! 沖縄に到着してからたった1週間で私は強く感じました。このように洗練された沖縄の人々と、この美しい島の未来を共にすることができるということは、なんと恵まれていることなのだろう、と。
(ピーター・グルース、沖縄科学技術大学院大学学長)