<南風>故郷(ふるさと)の音


社会
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  「換気扇」

 学生時代のある日、寮の台所でタイの留学生を見かけた。家が裕福ではない彼は常に自炊だったが、よく見ると手は止まったまま。私の視線に気づき、彼は恥ずかしそうに笑った。

 「この換気扇、故郷の家にある小さな扇風機と同じ音がします。兄弟で奪い合いながら風に当たっていたのを思い出しました」彼は再び換気扇のカランカランという音を、慈しむようにじっと聞き入っていた。

  「祭り囃子(ばやし)」

 「学校辞めます」。同じ教科の後輩に相談された。親の世話、自身の将来を考えると、今故郷に帰るのが一番良いと本土出身の彼は言う。孤軍奮闘を知るだけに私は慰留の言葉を出せなかった。いつ辞めることを決めたの? 私の問いに彼は首をかしげながら答えた。

「それが不思議なんです。故郷の祭りが偶然テレビに映って、流れる祭り囃子の笛を聴いていたら、急に涙がポロポロ溢れてきて…
“あっ、帰らなくちゃ”
って思ったんです」

  「せせらぎ」

 私の故郷は神奈川有数の米どころ。田植えの時期になると田園を縫う小川に、清水が隅々まで行き渡る。豊かな水が煌(きら)めきながら田を潤す。滔々(とうとう)たる水声(すいせい)は私の子守唄であった。川のせせらぎは、今でも私の胸をキュッと締めつける。雄々しい山並みや稲穂を渡る秋風が恋しくなる。

 人は誰しも「故郷の音」があるに違いない。その音はなぜか心の奥を震わせ、自らの来(こ)し方を想わせる。

 沖縄に生きる子どもたちの「故郷の音」は何だろう。波の音か、それともセミの声か。できれば優しい音であってほしい。

 決してオスプレイのローター音や、基地を巡る大人の怒号であってはならない。職員室の窓ガラスを震わせる、戦闘機の轟音を聞きながらそう願った。
(砂川亨、昭和薬科大学附属中・高校教諭)