<南風>マエストロ・マルガリウス


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 イタリアでは芸術家や専門家の師匠をマエストロと呼びます。今日のタイトルは、そう、私の師匠です。ウクライナ人で、モスクワ音楽院を卒業したロシア系のピアニスト。イタリアへは私の通うイモラ音楽院に招聘(しょうへい)され25年前に渡伊しました。

 4年前の夏期講習、世界的に活躍している先生の教え子たちが弾いている曲でレッスンを受けてみたいと、準備期間3週間ながら腹をくくって見て頂きました。25分の大曲を弾き終え、先生から他の曲も弾いてみろと一言。先生の要求する作曲家の曲をひたすら記憶から取り出し、弾き続けた私に最後「僕と勉強しないか」と。今でも忘れられない、マルガリウス先生との出会いです。

 私は日本で何度もコンクールに挑戦して来ましたが、年を重ねるごとに、出場するごとに消極的になっていました。何故なら高校生までは違う学校の友人に会えるのが楽しみで頑張っていたコンクールの場が、キャリアのためだけになり、意味を見失っていたのです。

 留学して初めてのコンクール直前、先生の言葉が私を大きく変えました。

 「コンクールで優勝する事より、本物の音楽を探す道のりの方がずっと険しい」。たとえ優勝してもゴールではなく、人間にだけ与えられた芸術という崇高なものに感動し続け、人生を捧げる。そしてその奇跡とお客さまを結ぶ使命。覚悟と責任を持てるかがプロの演奏家と趣味の違いだと。芸術とはまるで鏡、その中の世界では時に死でさえも美しくさせる―と。

 小さな部屋で生まれる果てしなく豊かな世界に浸り、先生の言葉と音、自分の可能性を信じ音楽と向き合う日々です。

 追伸…7月にドイツで録音した音源、国際コンクールの予備審査を通過致しました。本大会頑張ります。
(下里豪志、ピアニスト)