<南風>ようこそ、満月即興へ。


社会
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 台本なし、筋書きなし。即興でおこなう演劇をインプロという。インプロは、もともと俳優が弱点を体感しながら改善するための練習として始まった。例えば、言葉に頼って体が動かない俳優のために、台詞をジブリッシュ(デタラメ語)にしてみよう、とか。そうしたゲームのような取り組みがたくさんあり、それを観客に見せてみたら、ウケた。つくりものの嘘くささがないのが新鮮で面白かったのだろう。それから、見せるための工夫も蓄積され、ショーとしてのインプロが確立した。

 ところで、イギリスで最初にインプロの公演がおこなわれたころ、彼の国では検閲があり、国の意に沿わない表現は許されなかった。例えば当時の王様がロバに似ていたので、「ロバ」的な台詞は不敬だとして削られた。事前に検閲ができないインプロは上演自体が取り締まられたという。

 私たち「満月即興」はインプロの上演をほぼ月イチで続けて、明日のライブで61回を数える。お客さんに、しばしば「とても頭がいい!」と褒められる。「凄く考えてるでしょ?」と感心される。でも、違う。インプロで大切にするのは「自然発生的な」と訳される「スポンテイニアス」という概念だ。ふと湧く感情や言葉、考える前に動く身体(からだ)。合わせて、「今」「ここ」にいること、目の前の仲間、それらを頼りにしながら、生まれた物語を紡ぐ。だからうまくいっているときはほとんど考えていない。自然に起こる衝動に委ねるだけで物語が動く。

 だからこそ、検閲や、検閲的な社会は困る。表現の自由は命のように大切。私たちは手放さない。

 明日の満月即興は築130年余の風のぬける古民家、上江門家で。立派なヒンプンには戦争のときの銃弾の跡が残っている。その道筋で最初に奪われたものを、私たちは知っている。
(上田真弓 俳優、演出家)