コラム「南風」 見えない世界に


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 「お母さん、もう迎えに来ないのかと思った…」
 保育園のお迎え時間に遅れ、一人残された息子の口から出てきた言葉。写真家という仕事柄、県内外の各地を一緒に回ってきた。子どもだから環境の変化に柔軟に対応すると勝手に信じてきたが、知らない土地で撮影のたびに母と離れることで、不安定感が残ってしまったようだ。

 私の幼少時代には、専業主婦の母が作ってくれた「心身ともにいつでも帰れる場所」=絶対的なとりでの中で育ってきた。その安心と背中合わせの窮屈さが、家を飛び出す力となったのだと、今の私なら言える。
 時代とともに、教育や価値観は変わる。何が良くて何が悪いのか―。経験からしか本当のところ、わからないのだろうと思う。
 自然界という言葉のない世界。そこから直接何かを知るには時間がかかる。だから、海・自然と密着して暮らしている「海人」から、私はそれを吸収したかったのだろう。自然と関わる人に自分の行動を合わせることで、自然のリズムに少しだけ寄り添うことができたのだ。
 まだ幼い子どもを海人の世界へ連れ出すことは難しい。子どもでも安心なイノーの海に赴いた時、そこに広がるたくさんの小さな世界を知らないことに気がついた。砂浜の植物や動物たち、そして微生物や土…。もっと基本的な水のこと、空気のこと。音や光に包まれて、見ようとしなければ見えないたくさんの世界があることを。
 「第32回全国豊かな海づくり大会」まで、あと2日と迫った。海と関わる者として1年以上前から、この大会への準備を進めてきたが、自然の中で生きるものたちを追うには、1年という時間は短すぎる。今回の大会が一過性のものとならぬよう、その理念が沖縄において継続されることを願う。自身の活動ももちろんのこと。
(古谷千佳子(ふるやちかこ)、海人写真家)