コラム「南風」 母親が介護に抵抗するとき


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 90代の女性が初老の男性に担がれて救急外来に運び込まれてきました。両下肢が赤く腫れたということです。しかし、私たちが驚かされたのは、そのオバアの全身が放つ異臭でした。

 初老の男性は同居する長男でしたが、その長男によると、オバアは4年前から歩くことができなくなり、そのころから風呂にも入っていないとのこと。
 私が診察を始めると、長男は困惑した表情で、私の指先を追い掛けていました。「ご自宅ではベッドでした?」と私が聞くと、長男は「いえ、ムシロを敷いて寝ていました」と申し訳なさそうに答えました。驚いて「マットはなくて床の上ですか?」と問い返すと、「強く言っても、触らせてすらくれないんです」と弁解するように言いました。
 身体は、愛情に比べれば、はかないものです。だから、親はしばしば子どものために、身体を犠牲にします。むしろ、身体をそのように処することで子どもへの愛情を表現しようとすることもあるのです。年老いた親が介護に抵抗するとき、子どもはどのように振る舞えばよいのでしょうか?
 病院にオバアを連れてきて、多くの質問を受け、指摘され、すでに十分に長男は傷ついているに違いありません。しかし、どんなに稚拙にみえても、今日まで同居して介護してきた努力は認めるべきでしょう。
 その場の重たい空気を振り払うように、私は笑顔で言いました。「ほんとにご苦労さまでした。いろいろと頑張ってこられましたね。でも、良いタイミングで病院に連れてきていただきました。しばらく私たちに任せてください。これからも幸せに生活できるようお手伝いできると思います」
 長男はへたへたと椅子に座り込み、そして、小さく「ありがとうございます」と呟(つぶや)いていました。
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(高山義浩、県立中部病院感染症内科地域ケア科医師)