コラム「南風」 いつもの1日


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 パンやスコーン、ケーキをほぼ毎日作る。ふんわりと生地の焼ける良い香りが店中に立ち上ると、こんなプレゼントみたいな日々が自分に訪れたことに驚く。まさか店を経営することになるとは夢にも思わなかった。本当に人生何があるのか分からない。

 いまだに厨房(ちゅうぼう)に立つのは緊張する。始めの準備がとても大切だ。作業台や道具をきれいに整えながら心も整える。工程と出来上がりのイメージを反復しながら材料を正確に計量する。効率を考え、はやる気持ちと冷静さのバランスをとり、いざ作業にとりかかる。生地の状態を見ながら動き、変化を見逃さないよう気をつける。混ぜる順番がある。同じ材料でもタイミングを間違えると後からではうまくいかない。生きることにどこか似ているな、と思う。良い流れがある。その変化に気付くこと。
 これまで私は注意不足でタイミングをちゃんと把握できず、右往左往した。人に迷惑もかけた。しかし少しずつ学んでいる。
 生地にこっくりと艶が出て、「今だ」と思う瞬間が来る。その時なんて美しいんだろう、と感嘆する。「きれい」と思わず声が出る。こんな密(ひそ)やかな快感が潜んでいるなんて作り手になるまで知らなかった。作ったものを「おいしい」と言っていただける時、心から喜びを感じる。しかしまず自分が納得できるものを作りたい。きれいなものを見たい。そんなシンプルな思いが支えになっている。
 また1日が始まる。昨日までのエピソードや反省を語り合いながら仕込みに入る。当たり前の毎日が本当は当たり前なんかじゃないことを知りながら、でもそれを忘れ、厨房に立つ。さて今日は誰が来店し、何が起こるのだろう。
 本日20日。「rat&sheep」5周年。この場をお借りして皆さまと、主人に感謝を。
(國吉真寿美、夜カフェ「rat&sheep」経営者)