コラム「南風」 疫学と諸葛孔明


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 私が学生に教えている「疫学」という学問を紹介します。定義は「人間集団における疾病の分布とその発生原因を研究する科学」と恩師の鈴木庄亮(しょうすけ)先生の教科書に記載されています。

 これでは理解が難しいので、「疫学の父」と呼ばれるイギリスの麻酔科医ジョン・スノウ氏の偉業を紹介します。1854年、ロンドンでコレラが大流行しました。スノウはコレラ患者やその死亡者を地図上に書き込んで、その分布を注意深く観察しました。すると、患者や死亡者が特定の井戸の周囲に集中していることを発見しました。そこで、この井戸を封鎖したところ、コレラ患者の発生が激減したのです。
 コレラはコレラ菌を病原体とする経口感染症で、2~3日の潜伏期間の後、激しい腹痛と下痢で脱水症状を起こし、治療法が確立される以前は死に至ることが多い病でした。このコレラ菌の発見は1883年にドイツの細菌学者であるロベルト・コッホ氏によってなされた。スノウの偉業の約30年後になります。
 つまり、病気の原因であるコレラ菌の存在を知らなくても、「疫学」的方法、集団を観察して、病気になる人とならない人の生活環境や生活習慣の差異を検討して、原因まではいかなくとも、要因を明らかにし、予防活動を行うことによって多くの人々の命を救ったのです。
 私が疫学を約20年前に学んだ時、大変感動したことを覚えております。勉強はテストで良い点を取るためでなく、より良く生きていくためにするものだと、初めて実感した瞬間でした。
 私は学生に、「疫学を学ぶと三国志に登場する諸葛孔明に近づける」と言っています。蜀国を率いた劉備の参謀として多くの戦の勝利に貢献しましたが、彼も疫学的思考の持ち主であり、先を予見できる力を持っていたに違いないのです。
(笹澤吉明(ささざわよしあき)、琉球大学教育学部准教授)