コラム「南風」 神様お願い


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 私は家で神様と呼ばれています。一番偉いのか家族の証言を拾ってみます。
 むかし母が、美容室で読んだ女性週刊誌の記事を楽しそうに話題にした時、ねつ造記事だから信じないようにとたしなめると、母はあきれ顔で「神様とは話しても面白くない」。
 子育てに奮闘している妻が中学生の息子に何やら説教していた時、私が近づいて「どうした」と聞くと「神様はあっち行ってて」。

 私がバイクにはねられ足を骨折して入院した時、加害者の青年が毎日見舞いに来てくれるので「そんなに気を使わないでいいよ、僕も不注意だったから」とねぎらったところ、数日後怒った母が病室に来て「あんたはキリスト様ね、何で自分が悪いと言うの。保険会社が5割しか保証しないって。左の頬を打たれ右も差し出すの。心配させて」。
 若いころは客観的な事実の指摘で家族からうるさがられたり、直情的な発言で物議を醸したりしていました。最近は自重しています。
 父が手術で入院した時、尿失禁を看護師が水をまいたと言うので困りました。夜間譫妄(せんもう)という意識障害なので、父の話を否定せずに聴いて、看護師さんには夜中の対応をお願いしました。3日で元の父に戻り、退院後父が「神様、仏様、清様のおかげです」。
 居間でテレビを見ながら新人歌手について「この子プロ? 下手すぎる」と言ったところ、息子が驚いた顔で「お父さんそんなことは言わない方がいいよ」。「だってみんなも言ってるじゃないか」「僕たちはいいんだよ」と息子と娘。
 家内も最近よく言います。「あなたがそんなこと言うなんて珍しいわね」。
 私の神様イメージは定着しているようです。期待された通りに振る舞うことを役割演技と言いますが、そろそろ人間に戻りたい。
 アーアアアー神様お願いだ(ザ・テンプターズ)
(長田清(ながたきよし)、精神科医)