コラム「南風」 ニューヨーク出店


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 私たちはニューヨーク出店を決意した。開店日の2012年10月30日は、60年ぶりのハリケーンに見舞われ、水害と停電の中での開店であった。朝7時、電車もバスもタクシーも走っていない。世界中からやって来た旅人は街中に閉じ込められていた。近所のマクドナルドと私たちの店だけ開店していた。長逗留となった大勢の旅行者が着替えのシャツを求めて来店し、記録的な売り上げであった。

 朝7時の開店はネクタイを忘れたビジネスマン、コーヒーでシャツを汚した方々のお役に立ちたい思いで始めることにした。
 洋服の歴史の長いニューヨーク。私たちがこの地で生き延びられるとしたら、日本のおもてなしの心しかない。もちろんシャツやネクタイは最高級。しかし外地で勝てるとしたら、私たちに備わった精神、他人をおもんぱかる感性しか残されていない。商いは欲望に対応することである。欲望の充足は心がするのであって、体は何も言わない。
 おもてなしの第一は店の環境を整えることから始まる。清掃、整然とした品ぞろえ、香り、誰に対しても心地よさを用意する。お客さまの好みを察知し心からくつろげる会話や身のこなしに集中する。
 これらを総合した結果が「お・も・て・な・し」なのである。1年で4千人の顧客を獲得できたのは、まさにこのおもてなしである。
 さらに驚いたことに私たちのおもてなしは彼らから「グレート・サービス」と最大級の評価をいただいた。どんなラグジュアリーストアでも受けたことのない対応に、幾通もの感謝のメールをいただいた。買い物の楽しさを私たちは証明したのであった。
 日本人が洋服を売りにニューヨークまでやって来た。侮っていたかもしれない彼らに、私たちは日本人の一級の精神を届けることができた。
(貞末良雄、メーカーズシャツ鎌倉会長)