日本語の基本的な動詞形「始め・た」「始め・る」は2要素だが、沖縄語では「始み・た・ん」「始み・ゆ・ん」のように3要素から構成される。
「始ま・た・ん」の最終要素の「ん」を「る」「み」「が」「ら」のいずれかで差し換えると、話者の視点と共に文のタイプが変わってくる。(1)、(2)は平叙文、(3)~(5)は疑問文である。
(1)授業や今始(なまはじ)またん。
(事実の断定)
(2)授業や今どぅ始またる。
(「今」の強調)
(3)授業や今始まいみ?
(事実を問う)
(4)何(ぬー)ぬ始またが?
(「何ぬ」を問う)
(5)何事(ぬーぐとぅ)ぬが始またらやー?
(「何事ぬ」の強調疑問)
以上のような働き(法と呼ばれる)をする動詞最終要素は日本語にはない。
さらに、終助詞「なー」「ゆぃ」を使って(1)、(2)を確認のための疑問文にすることもできる。
(6)授業や今始またんなー?(事実の確認)
(7)授業や今どぅ始またるゆぃ?(強調の確認)
(3)~(7)の状況は、日本語ではすべて疑問の終助詞の「か」1つで済ますところだが、沖縄語では3つの法要素と2つの終助詞を使って、その違いを区別する。
さらに、(8)のように、過去の「た」の前に現われる「い」により目撃した動作がとらえられる。
(8)酒(さき)やみ・い・たんどー。
(9)酒やみたん どー。
それで、(8)の〈酒をやめた〉の主語は当然三人称だが、(9)では話し手になる。
さらに、(10)のように、「やぎ」を加えて、動作の起動を目撃したこと、〈今降り始めたところだよ〉も表せる。
(10)今(なま)降(ふ)・やぎ・い・たさ。 以上のような様々な話し手の視点や心的態度が、沖縄語の動詞形に明示されている点が日本語との極めて重要な違いである。
(宮良信詳、琉球大学名誉教授(言語学))