コラム「南風」 帰ろうかな


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 淋しくて言うんじゃないが 帰ろかな帰ろかな
 故郷(くに)のおふくろ便りじゃ元気
 だけど気になる やはり親子
 帰ろかな帰るのよそうかな
 (『帰ろかな』北島三郎)

 若い時はいざ知らず、ある程度の年齢に達すると故郷のこと、すなわち親のことが気になるようになります。鮭が生まれた川に戻って上流を目指すように。

 過去を振り返る時、幸せな人もいれば、苦しいと思う人もいるでしょう。どう振り返ればいいのでしょう。奈良の吉本尹信が考案した内観法という自己研修法があります。国内の学会、国際学会もあります。研修所に1週間泊まり込み、自分を養育してくれた周りの大人たちとの関係を回想します。
 例えば最初に母との関係を調べます。「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑かけたこと」の3項目を自問自答。通常、してもらえなかった不満や、されて嫌だったことはすぐに出てきますが、してもらったこと、お世話になったことは、なかなか浮かびません。ご飯を毎日作ってもらった、入浴させてもらった、服を洗濯して着替えさせてもらったことなどは当たり前と思って感謝することはありませんでした。それをあらためて考えてみるのです。
 すると存外に世話を受けて育ってきたことを知り、親の愛を感じます。これまで子ども心に理不尽だと思ったことや、悲しみや怒りに彩られた記憶が、親の立場が分かる年になって考え直すと、恩愛の情に変わります。相手の立場から考えることで、人間関係が改善される効果が期待されます。
 アルバムは楽しい思い出がいっぱいですが、過去の写真は増やせません。でも心のアルバムは増やすことができます。過去の体験をポジティブに位置づけ直して、感謝と喜びにあふれた新しい人生アルバムが作れます。内観研修所は沖縄にも2カ所あります。
(長田清、精神科医)