コラム「南風」 終わらない戦争


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 「ほら、あそこ。恩納岳がみえるでしょう」
 こう言って、オバアは病室の窓を指さしました。金武湾の向こうに美しい山が見渡せます。ただし、沖縄戦では、2カ月にわたる米軍の砲撃で日本軍が玉砕した悲憤の山でもあります。
「あそこでオジイは戦争したんだよ。少年兵として、あの山を駆け回っていたんだ。だから、戦争のことを思い出してしまうんだね」

 たしかに、看護師によるカルテの記録をみると、入院中のオジイの言動には戦争を思わせる内容が散見されます。「いけぇ! 突撃~!」との号令とか…。
 沖縄戦における悲劇は語り継がれるべきです。村単位で逃げまどい、親や兄弟を焼き殺されていった子どもの心に刻まれたもの。少年ながらも極限の日本兵に従軍させられ、飛び交う砲弾と裂け散る閃光のなかで目に焼きつけたもの。
 その子どもたちが年老いて、いま再び、自らの死に直面しながら何を思うのか。医師として立ち会わせていただいていると、ときに69年の歳月を往還しつつ「手つかずの記憶」が胎動するのを感じることがあります。
 ある夜、ついにオジイは行動にうつしてしまいました。点滴台を槍のように構えて、「や~」と看護師に突撃したのです。こうなると、残念ながら縛らせていただくしかありません。
 翌朝、オバアは枕元で夫の頭をなでながら、残念そうに見下ろしていました。早く自宅に帰れるよう治療を急ぐ必要がありそうです。
「先生…」とオバアは言いました。「捕虜になっちゃったと思ってるみたい。だから本人も諦めてるさ」
 まだ朝食にも手をつけずにいるようです。「お食事とってくださいね」と声をかけると、オジイは、やはり縛られた同室者を指さしながらこう言いました。
「おぉ、どうか…、私はよいので…、そこの2人に分け与えてください」
(高山義浩、前県立中部病院感染症内科地域ケア科医師)