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「時の壁」崩せるか 全員救済へ高まる期待 旧優生保護法訴訟


「時の壁」崩せるか 全員救済へ高まる期待 旧優生保護法訴訟 上告審弁論が開かれた最高裁大法廷。中央と右上は原告、向き合って座っているのは手話通訳者。手前は傍聴人向けの手話通訳者(イラストと構成・坂井雅恵)
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信社

 旧優生保護法下で不妊手術を強いられた被害者らが起こした全国訴訟が大詰めを迎えた。最高裁大法廷で29日に上告審弁論が開かれ、今夏にも統一判断が出る見通しだ。一、二審では旧法を憲法違反とする判決が定着しており、残る最大の争点は、さまざまな訴訟で原告の前に立ちはだかった20年の「時の壁」を崩せるかどうか。人としての尊厳を奪われてきた被害者らは、全員救済へ向け「人権の最後のとりで」に期待を高める。

20年

 「(手術から)67年間苦しんできた。国に謝ってほしいという気持ちで裁判に訴え、ようやくここまで来た。全てをかけて、私たちは闘っていく」。閉廷後、東京・永田町で開かれた記者会見で、東京訴訟原告の北三郎さん(81)=仮名=は力を込めた。

 障害を理由に不妊手術を認めた旧法を巡る訴訟は2018年以降、各地で起こされ、地・高裁で計20件の判決が出ている。うち18件が旧法を「違憲」と断じており、この司法判断は定着したと言っていい。ただ不法行為があった時から20年が経過すれば賠償請求権が消滅するとした「除斥期間」を適用するかどうかで結論が割れている。

 不妊手術のピークは1950年代で、手術時を除斥期間の起算点とした場合、提訴段階で既に20年以上が経過。国側はこれを根拠に除斥期間の適用を求めている。今回、最高裁の審理対象となった5件の高裁判決をみると、国の言い分を認めたのは1件のみ。逆に除斥期間の適用を認めず、国に賠償を命じたのは4件となっている。

風穴

 除斥期間について旧民法の規定から「20年を過ぎれば自動的に賠償請求権を失う」と解釈したのは最高裁にほかならない。89年に「被害者側の認識を問わず、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものだ」と判示し、それ以降、除斥期間は戦後補償や公害問題といった訴訟で「時の壁」として立ちはだかってきた。

 「被害者救済の道を閉ざしている」と批判が根強いこの判例に今回、大法廷が「風穴」をあけるのではないか―。原告側弁護団や識者の間ではこうした見方が広がる。

 成蹊大の渡辺知行教授(民法)も「89年の判例を覆すとまではいかなくとも、救済の幅を広げる基準を示すのではないか」と期待を寄せる一人だ。

影響

 旧優生保護法の下では国が不妊手術を推進し、積極的に被害補償することもなかった。そのため被害者側も情報へのアクセスが限られ、長年名乗り出ることができずにいた。「手術から20年以上たっても提訴できなかったのは、加害者である国の関与が大きい」と渡辺教授。「こうした事情がある場合は除斥期間を適用せず、自分が被害者だと知ってから『相当の期間』内に提訴すればよい、といった法理を大法廷が示すことはあり得るだろう」と推測した。

 除斥期間に関する判例が変わるとなれば、影響は小さくない。国側は29日の弁論で「除斥期間の例外を広く認めれば、法秩序が著しく不安定になる」と訴えた。

 ただ全国被害弁護団の新里宏二共同代表は「ほかへの影響力があるかどうかではなく、あくまで今回の被害に向き合った判断をするべきだ」と強調。「最高裁こそが『人権のとりで』だと確認できる、旧法の被害者全体が救済される判決を出してほしい」と求めた。

(共同通信)