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強豪ハンガリーで活躍 ハンドボール1部リーグ・銘苅淳

1年ぶりの地元。「僕のハンドボールは沖縄で育ててもらった」と語る銘苅淳=27日、那覇市牧志(渡慶次哲三撮影)

 ハンドボール強豪国・ハンガリーのトップリーグで、県出身の銘苅淳が活躍している。昨年7月末、日本の実業団を退団して海を渡った28歳。所属先の資金難で、わずか3カ月で別のチームに移籍するなどの逆境を乗り越え、存在感を示した。

一時帰国した銘苅は「向こうに行って分かったことがたくさんある。日本人の弱点や可能性も感じることができた」と語り、来季へさらなる飛躍を誓った。
 浦添市立港川中で競技を始め、那覇西高、筑波大を経て日本リーグのトヨタ車体へ。けがをして以降は出場機会が減っていたことに加えて「将来は指導者に」との夢を見据え、視野を広げようと海外挑戦を決めた。県出身で海外プロチーム所属選手は4人目となる。
 当初は1部のケチケメートでプレーしていたが、給与未払いなどで同じ1部のセグレドに移籍。言葉や文化の違いにもぶつかりながら、地道に努力を重ねた。
 ハンガリーは人口1千万人にも満たないが、ロンドン五輪4位、世界選手権で2大会連続ベスト8とハンドボールが盛んな国だ。試合会場では、お年寄りから子どもまで「おらがチーム」に大声援を送る。個の力を重んじる選手たちも、日本とは桁違いの激しいプレーを繰り広げるという。
 2メートル台の選手はざらという中、184センチ94キロの銘苅はスピードを生かしたクイックシュートを武器に体格差を克服。19試合に出場し、リーグトップの119点を記録した。破産でリーグを離脱したケチケメートでの得点は消滅するため、得点王としては認められなかったが、セグレドの1部残留に大きく貢献した。
 7月からはリーグ上位のジェンジェジュへ移籍する。「メンタル(精神面)が強い選手は自由を楽しめる選手、弱い選手は自由を放棄する選手」が信念。「2年目が勝負。結果を出したい」と覚悟はできている。(大城周子)