社会
未来に伝える沖縄戦

<未来に伝える沖縄戦>ガマ追い出されて森へ 祖堅秀子さん(75)上

サイパンで体験した戦争の様子を語る祖堅秀子さん(右)と、熱心に聞く古堅里緒菜さん(中央)、當間杏奈さん=1月28日、うるま市勝連の自宅

 うるま市勝連に住む祖堅秀子さん(75)は1938年、北マリアナ諸島のサイパン島で生まれました。両親と7人のきょうだいで幸せに暮らしていましたが、44年6月、米軍によるサイパン島への攻撃が始まると、小さな島を南北に逃げ惑います。家族9人中6人を失った当時5歳の祖堅さんの経験を、前原高校の當間杏奈さん(17)と古堅里緒菜さん(16)が聞きました。

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 勝連出身の父母は開拓移民でした。きょうだいは3男4女の7人で、長男兄さん以外はサイパンで生まれました。住んでいたのは最大の町、ガラパンです。家は農家で、畑ではサトウキビやタピオカを作っていました。父も母もとても働き者だったのをよく覚えています。
 父はそれまでに何度か勝ち戦に出兵していて、それを誇りにしていました。当時は軍国主義の教育だったから、父は長男兄さんが兵役検査で不合格だったことを苦にしていました。昔は男の子が生まれたら「国の子」だった。でも、長男兄さんは、92歳まで生きてこの世を味わったから、それで良かったんです。海軍に行った次男兄さんは、どこで亡くなったかも分からないです。

※続きは3月8日付紙面をご覧ください。
→<未来に伝える沖縄戦>父の言葉で救われた命 祖堅秀子さん(75)下

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