伊江島の米兵発砲事件


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 1974年7月10日、伊江島の米軍射爆場で演習終了後、草刈りのため立ち入った住民を、米兵が追い掛けて至近距離から狙い撃ちし負傷させた事件。米国は当初、米兵が「公務外」であるため第一次裁判権を日本に渡すと通知したが、後に「公務中」と方針転換した。日本政府はこれに反発し、日米合同委員会で半年以上にわたって協議したが対立。日本政府は75年5月6日、「問題を遷延させるのは日米間の友好上好ましくない」などの理由で裁判権を放棄し、問題の終結を図った。