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偽りない600年の看板 横浜能楽堂「中締め」特別公演を観て 村上湛(明星大学教授・演劇評論家)


社会
偽りない600年の看板 横浜能楽堂「中締め」特別公演を観て 村上湛(明星大学教授・演劇評論家) 横浜能楽堂「中締め」特別公演での「棒しばり」の一場面=9日(尾形美砂子撮影、横浜能楽堂提供)
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 横浜能楽堂「中締め」特別公演第2回「琉球芸能600年」が9日、神奈川県横浜市の同劇場であった。演劇評論家の村上湛さんに批評を寄稿してもらった。

 沖縄県外では触れる機会の少ない琉球芸能を積極的に紹介してきた神奈川県・横浜能楽堂が改修休館を前に世に問う、大規模な特別公演を企画した。文字通り「琉球芸能600年」を実感させる刺激的な成果だった。

 冒頭に披露された安仁屋眞昭による王府おもろ「あおりやへが節」「しよりゑと節」が神人交流の芸能始原を示す第1部は、古典演目を揃(そろ)える。簡朴(かんぼく)枯淡(こたん)の芸境を究める西江喜春「二揚仲風節」の絶唱を頂点に、舞踊3番「若衆特牛節」「麾」「瓦屋節」と組踊「万歳敵討」を配した豪華版だった。

 第2部には明治以降の芸能興隆を示すべく雑踊2番「加那よー天川」「貫花」、創作舞踊「獅子舞」「日傘踊り」が続き、最後「蜻蛉羽(あけづば)」で作者・志田房子みずから舞い納めた。その言語性に満ちた手ぶりやまなざしには、男性舞踊家に伍(ご)して歩み続けた志田の創造の要諦が鮮やかに示される。

 圧巻は第2部「棒しばり」。沖縄芝居は歌三線や舞踊と異なり県外でほとんど知られていないが、主人の佐辺良和、太良の嘉数道彦、三良の金城真次、亀謝の上原崇弘、卓抜した技芸に支えられた俊英ぞろいの熱演はウチナーグチを解さない観客にも思うさま伝わって、満場どよめくような歓声に沸いた。格調高い古典の組踊や舞踊演目を端然とこなす彼らが(佐辺はこの日「万歳敵討」高平良妻を優美に勤めた)、ぐっと砕けて人心をわしづかみにする沖縄芝居で、融通無碍(ゆうずうむげ)な演技を見せる。いわば謹直な能役者が軽妙な狂言を併修するようなもので、芸と心の鍛錬がよほど厳しく調わなければできることではない。これこそ、王府解体以来筆舌に尽くせぬ苦難をしたたかに乗り越え続けた琉球芸能の底力であって、この日の「棒しばり」にはそれが鮮やかに示された。

 西江、志田、大湾清之(笛)、比嘉聰(太鼓)ら「人間国宝」の来演に伴い、楽しみに待っていた沖縄の至宝・宮城能鳳は残念ながら「瓦屋節」を休演(田口博章の優秀な代演)。過去、横浜能楽堂で魅せた凄艶(せいえん)典雅(てんが)な名舞台の数々によって琉球芸能の神髄を県外に伝え続けた能鳳の功績は絶大だ。3年後めでたく改修完成の折には必ずや元気な姿を見せてくれるであろうことを、私は今から心待ちにしている。

 (明星大学教授・演劇評論家)