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南米で共鳴する奇跡 想像超えた力を発揮する琉球芸能<沖縄芝居「五月九月」南米ツアー同行記>上(千葉聡史・元NHK沖縄放送局長)


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南米で共鳴する奇跡 想像超えた力を発揮する琉球芸能<沖縄芝居「五月九月」南米ツアー同行記>上(千葉聡史・元NHK沖縄放送局長)
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 文化庁芸術祭の大衆芸能部門で大賞を受賞した舞台「五月九月(ぐんぐぁちくんぐぁち)」(富田めぐみ脚本・演出)が9月、ブラジル、ボリビア、ペルーで上演された。公演ツアーに同行した元NHK沖縄放送局長の千葉聡史さんが同行記を寄せた。

 9月10日午後1時。ブラジルのサンパウロにある沖縄県人会館は、数百人が押し寄せ異様な熱気に包まれていた。そのほとんどが、沖縄から移民として渡ってきた人やその子孫たち。新型コロナの影響で、沖縄から芝居がやってくるのは久しぶりだ。

 始まったのは「五月九月(ぐんぐぁちくんぐぁち)」。舞台は琉球王国、そして主人公は首里の役人とその子弟で、中国からのお客である冊封使と薩摩からの役人をダブルブッキングしてしまい、右往左往してしまう様子を描いたコメディーだ。ウチナーグチも交えて演じられ、それぞれの客をもてなすシーンでは伝統的な沖縄の歌と踊りが披露された。

 会場はすぐに、笑いと拍手に包まれた。「赤田首里殿内」の歌とともに子供が踊るという場面になると大きな手拍子が。「安里屋ユンタ」が歌われる場面では大合唱が。最後には出演者とともに多くの客がカチャーシーを踊った。「なつかしい沖縄を体感している」雰囲気だった。笑顔はじけるみなさんに話を聞いた。

 「本当に感激しました。沖縄に行ったみたいでした」「2世だけど方言も分かったし、とても楽しかった」「薩摩との関係、全然知らなかった。とても勉強になりました」

 「五月九月」は文化庁芸術祭の大賞を受賞した作品で、今回、文化庁から助成金を受け、南米3カ国(ブラジル、ボリビア、ペルー)を回り、6回の公演を行った。南米ツアーのプロデューサーで脚本家、演出家でもある富田めぐみは、10年前にこの作品を作ったきっかけは「怒り」だったと言う。

 「どんな苦しい時代でも沖縄の人は芸能を手放さなかったし、それをよりどころに生きてきた。しかし、当時、観光化を急ぎすぎるあまり芸能が軽々しく扱われた。歌と踊りの素晴らしさをそのままの姿で楽しんでもらえる道があるはずだと思った」

 コメディーという入りやすい入り口を作り、楽しみながら本物の沖縄の伝統芸能に触れることができる作品に仕上げた。

 9月17日、ペルーのリマで行われた最終公演。いつも以上の盛り上がりを見せ、最後はカチャーシーで会場は大いに沸いたが、その中でメンバーたちが「奇跡のようだった」と語る出来事が起きた。残念ながら私は、他の場所でカメラを回していたので目撃はできなかったが3人の出演者が証言してくれた。

 「2人のおばぁが車いすから立って踊っていた。なんと2人は百歳を超えていて、1人は104歳だと後で聞いた。自分も一緒に踊った。一体感があって感動した」(伊藝武士)、「おばぁたちが笑顔で踊ってくれた。目が合って、笑顔で握手してハグしてくれた。うるうるしてしまった」(仲宗根弘将)、「おばぁたちは力がみなぎっていた。“ありがとう”と言ってくれたので“パワーをもらいました”と伝えた」 (比嘉大志)

 琉球芸能は、時代の波の中で育まれ、時に想像を超えた力を発揮する。6回の南米公演は、出演者と会場が一体感に包まれた奇跡のような時間の連続だった。

 富田は言う。「芸能の素晴らしさを再確認しました。先人たちの思いに、私たちの思いを重ね、それを南米のお客さんたちが感じ取ってくれた。すごいと思いました。琉球芸能というものを私たちの体や心に持っているという奇跡みたいなこと、忘れないでいたいと思います」
(千葉聡史・元NHK沖縄放送局長)