著者は「祈りの心は、時空を超えてその場所に積もっている」という。しかし、あちら側(ユタなどシャーマンのスピリチュアルな世界)の住人ではない。こちら側との境界線ギリギリに立ち、著者ならではの感性であちら側の気配を感得している。
そして、他分野の最新研究も踏まえながら、ユニークな学術論文や著作を多数発表してきた。その度に、神女や按司などさまざまな「おもろ」人の知られざる精神世界を浮かび上がらせ、読者をときめかせた。
今回、著者は一歩踏み込み、境界線上に立った。越境してまで書きたかったある事象を、なんと小説仕立てにした。ある事象とは、研究者が立ち合う中、リモートで、北方アジアの男性シャーマンに「プライバシーゼロ」のカウンセリングをしてもらった一部始終だ。
その実況報告を、沖縄と縁があり「実験台」の一人である主人公・有内麗(仮名)がのびのびとしている。守護霊、過去生、先祖、結婚、子ども、土地などが鑑定されていく。
個人的に興味深かったのは、男性シャーマンが、モニター越しに向き合う麗のシャーマン体質を見抜くシーンだ。
彼が「急に踊りたくなったり歌いたくなったりすることがあるか」と問う。「しょっちゅうです」と即答すると鑑定会場がざわめく。後に、彼は「旧暦の八月に日本のシャーマンを探して弟子入りするといい」と助言をする。
ふと、憑依(ひょうい)のせいかトランス状態で踊る百度(ももと)踏み揚がりの姿を思い浮かべてしまった。
著者も編集に参加した「アジア女神大全」によると「何回も踏み揚がる、という名を持つこの神女について、シャーマン・ダンスの様子を表現しているとする見解がある。第二尚氏王統の神女組織のなかに踏上がみえる」「伝承の世界では、第一尚氏の尚泰久の娘で勝連の阿麻和利の妻であった百度踏み揚がりが名高い」とある。
彼女たちは麗の先輩か。周りに案外、「おもろ」人の末裔(まつえい)がいるような気がしてきた。
(鈴木孝史・元「週刊レキオ」編集長)
ふく・ひろみ 1962年生まれ。学習院大学、専修大学などで非常勤講師。専攻は文学・民俗学・神話学。著書に「火山と竹の女神 記紀・万葉・おもろ」など。