IS最高指導者の「中立化」 テロ対策と人権に関心を<佐藤優のウチナー評論>


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 インテリジェンス(諜報)の世界に「中立化」という言葉がある。敵対行動を無くすための措置を取るということだが、人に対して用いられるときは殺害を意味する。

 10月27日、米国のトランプ大統領がホワイトハウスで演説し、米軍特殊部隊がシリア北西部で作戦を実施した結果、過激派組織「イスラム国」(IS)の最高指導者アブバクル・バグダディ容疑者が死亡したと発表した。トランプ氏の興奮が米国のマスメディアも影響を与えている。保守系の新聞「ウォールストリート・ジャーナル」が10月28日の社説でこう強調した。

 〈失敗し犠牲者を出すリスクを必然的に伴うこの急襲作戦を承認したことは、トランプ氏の功績だ。バグダディ容疑者の死は、残虐な行為に彩られた彼の経歴から判断して、まさに正義を行ったという点で重要だ。そして今回の出来事は、他のジハーディスト(イスラム聖戦主義者)らに対し、彼らが勝利を得ることはなく、バグダディ容疑者と同様にトンネル内で、あるいは爆弾の爆発によって死ぬ運命だと伝えることになった。〉

 〈今回の攻撃は、収監者から得られた情報の重要性を示した。イラク当局者らによれば、拘束したIS戦闘員らに対するここ数カ月間の尋問によって、バグダディ容疑者の潜伏場所の情報が得られたという。イラク戦争後、米国の左派勢力は、尋問の有用性に疑問を生じさせようと努めてきた。しかしこうした尋問は、今後のテロ攻撃を防ぎ、テロリストのリーダーを殺害するために、依然として必要不可欠だ。〉

 ここで言う尋問は、インテリジェンスの世界で「物理力を行使する尋問」と呼ばれるものだ。水責め、中腰で長時間座らせる、袋を被(かぶ)せ、大音響の音を出す環境で睡眠を妨害する、椅子に縛り付けて上半身を激しく揺さぶる(首の骨が折れて死ぬことがある)などの手法で、身体に証拠が残りにくいので拷問とは区別される。テロリストの取り調べに関しては、人権基準は適用されないという雰囲気が、今回のバグダティ中立化作戦が成功したことによって米国では一層強まりそうだ。

 そもそもISの母体になるイスラム教スンナ派系過激派組織は、ソ連のアフガニスタン侵攻(1979~89年)に際して、ソ連軍に対抗するために米国が中東諸国のスンナ派系過激派組織を育成したことに起源を持つ。ソ連崩壊後、これらの過激派は米国を主要な標的とするようになった。2011年9月11日の米国同時多発テロ事件がその例だ。

 米国は自らが育てたテロ組織によって苦しめられているのだ。来年の米大統領選挙をにらんでこの時点でバグダティ容疑者を中立化したことはトランプ氏にとって大きな政治的成果なのだろう。しかし、ネットワーク型組織で、中東だけでなく世界に分散しているISの動きにはほとんど影響を与えないと思われる。

 ISによるテロは今後も起きる。2020年の東京五輪・パラリンピックもISを初めとする国際テロリストの標的になっている。日本の政治家もマスメディアもテロ対策と人権の関係にもっと関心を向けるべきだ。

(作家・元外務省主任分析官)