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【島人の目】首里城再建信じ、思う

 首里城が焼け落ちたのは残念で悲しいことだ。それが沖縄のシンボルだからではない。それが日本文化の数少ない多様性の象徴的存在でもあるからだ。首里城は琉球王国の終焉(しゅうえん)以後に沖縄がたどった数奇な運命の化身でもある。その首里城が消滅したのは日本国の大きな損失だ。

 歴史的、文化的、また政治的存在としても大きな意味を持つ首里城だが、芸術的価値という観点では少し違う。首里城の遠景は美しいが、近景から細部は極彩色の濃厚な装飾の集合体、というふうにも見える。

 色は光である。沖縄の強烈な陽光が首里城の鮮やかな原色をつくり出す、と考えられる。だが原色はそこに生のまま投げ出されているだけではただ粗陋(そろう)でうっとうしい原始の色であり、未開の光線の表出にすぎない。

 今住んでいるイタリアの夏の陽光は鮮烈だ。めくるめく地中海の光の下には沖縄に似た原色があふれている。だがここでは原色が原始のままで投げ出されていることはない。全ての意匠に使われる原色は人が手を加えて作り変えた色であり、作り変えようとする意思が明確に見える原色である。その意思をセンスという。センスがあるかないかが、沖縄の原色とイタリアの原色の分かれ目だ。

 首里城に限らず日本の歴史的建造物には極彩色の濃い装飾を施しているものが少なくない。例えば伏見稲荷と平安神宮の全体の朱色や細部の過剰な色合いの装飾などもその部類に入ると思う。

 言うまでもなくそれらは、建物が纏(まと)っている歴史・文化の重要性を損なうものではない。だが歴史的建造物は、そこに高い芸術的要素が加わった際には、さらに輝きを増すこともまた真実である。

(仲宗根雅則、イタリア在、TVディレクター)



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