夢の続き、沖縄県勢3人プロ野球へ


この記事を書いた人 問山栄恵

  2020年春、プロ野球の世界で県勢3選手の新たな挑戦が始まる。19年のプロ野球ドラフト会議は、日本代表として世界と戦った左腕・宮城大弥(興南高)がオリックス1位、独立リーグで腕を磨いた上間永遠(徳島インディゴソックス)が西武7位、堅守が光る勝連大稀(興南高)がソフトバンク育成4位でそれぞれ指名された。グラウンドで脚光を浴びるその日を思い描き、あこがれの舞台で走り始める。

高校NO.1左腕、いざ オリックス1位の宮城大弥

  最速149キロの直球に加え、切れ味抜群のカーブにスライダーなど4種の変化球を操る。群を抜く制球力やフィールディングセンスも持ち合わせ、オリックス1位指名を勝ち取った。その総合力は大リーグカブスのダルビッシュ有投手も絶賛する。「人に夢や希望を与えられるような、日本を代表する選手になりたい」。今春、いよいよプロの道を歩み始める。

  4歳から野球を始め、頭角を現したのは中学時代。3年で初めてWBSCU―15ワールドカップ代表に選出され、準優勝に貢献。高校では1年からレギュラー、3年には2度目のW杯代表を経験した。同じく来季からプロ入りする奥川恭伸(ヤクルト1位)や佐々木朗希(ロッテ1位)らと共にプレーし「良い刺激になった。彼らに近づけるようもっと努力しないと」と世界での経験をさらなる成長に生かす。

  背番号は昨季までエースの山岡泰輔が背負った13。「どこで起用されてもベストな状態で、いろんな球種を使い分けられるようになりたい」。球団からの大きな期待も原動力に変え、進化を誓う。
 
  プロの世界に今は「楽しみよりも体力や技術、精神面での不安もある」と高校生らしい一面ものぞかせる。座右の銘に刻む「一生百錬」の文字通り、努力の積み重ねで、より磨きをかけていく。

  文・上江洲真梨子
  写真・大城直也

みやぎ・ひろや 2001年8月25日生まれ、宜野湾市出身。172センチ、80キロ。左投げ左打ち。志真志小―嘉数中―興南高。4歳から野球を始め、志真志ドラゴンズ、宜野湾ポニーズで活躍。15、18歳以下の日本代表に選出

 

独立Lから、挑む 西武7位の上間永遠

  西武から7位指名を受け、幼い頃から描いたプロの道に進むが、浮つかずに平常心のままだ。「自分のことは自分でやって、わが道を行く。プロではローテーションに入りたい」と淡々と語る18歳は、独立リーグからの夢の続きを思い描く。

  ノーワインドアップからしなやかに腕を振り抜く。最速148キロの直球とキレのあるスライダー、カーブが武器の本格右腕だ。
 
  目標にしている選手はいない。「力が一番出るところでリリースできればいい」と周囲に流されず、フォームを追求してきた。堂々たる投球で、8月の愛媛戦では七回までノーヒットノーランの快投で完封勝利。防御率1・40で、最優秀防御率のタイトルを獲得した。
 
  物心つく前から野球を見て、祖父とキャッチボールをしていた。「今はどうやって打者を抑えようか、それを考えているのが楽しい」。野球への愛は変わらず、その豪腕をプロでも振るい続ける。

  文・喜屋武研伍
  写真・ジャン松元

うえま・とわ 2001年1月31日生まれ。那覇市出身。179センチ、78キロ。右投げ右打ち。古蔵中から強豪の柳ケ浦高(大分)へ。卒業後は独立リーグの徳島インディゴソックスへ入団

 

1軍へ磨く堅守 ソフトバンク育成4位の勝連大稀

 「グラブさばきに天性のセンスがある」。福岡ソフトバンク育成4位指名を受けたその守備センスは、球団コーチ陣からも一目置かれている。柔軟性や瞬発力、送球の正確さを発揮した堅守は、2年で出た夏の甲子園でもひときわ輝いていた。

  父の影響で小学3年から本格的に野球を始めた。同じくプロ入りする宮城大弥とは中学からの仲間だ。
 
  1日も早い支配下登録を目指す18歳は「いつか大弥から打ってみたい」と相まみえる日を心待ちにする。
 
  「日々の課題を着実にこなし、どんな体勢からも捕球できる選手になりたい。高校で自信が付いた打撃も磨きたい」。実直な性格も強みだ。1軍のグラウンドでプレーする日を夢に、力強い一歩を踏み出す。

  文・上江洲真梨子
  写真・大城直也

かつれん・はるき 2001年4月30日生まれ、宜野湾市出身。175センチ、65キロ。右投げ左打ち。普天間小―普天間中―興南高