社会

戦後沖縄の歴史の舞台がまた一つ姿消す 復帰闘争の拠点・県教育会館 来春解体へ

2021年2月にも取り壊されることが決まった県教育会館=12月27日、那覇市

 日本復帰前の1954年に完成し、教育環境の改善を求める運動や沖縄の復帰闘争の拠点となった那覇市久茂地の県教育会館が2021年3月にも取り壊されることが、沖縄県教職員組合(沖教組)などへの取材で分かった。地権者から立ち退きを求められていたといい、新会館は同市大道に建設する。22年に迎える復帰50年を前に、戦後沖縄の歴史の舞台がまた一つ姿を消す。

 会館は沖教組の前身・沖縄教職員会の会長で、米統治下初の公選主席、復帰後の初代知事を務めた故屋良朝苗氏が、戦災校舎復興運動や復帰闘争の拠点と、沖縄戦で犠牲になった教職員、児童生徒らの慰霊の場として建設を計画。1953年11月に着工し、54年9月に落成した。鉄筋コンクリートの3階建てで、3階には沖縄戦で犠牲になった児童生徒や教職員7610人の名前を記した慰霊碑があり、毎年6月に慰霊祭を行っている。


初の主席公選で当選を決め、教育会館に構えた革新共闘本部でVサインを掲げる屋良朝苗氏=1968年11月11日

 沖教組と会館を管理する県教育会館などによると、2018年10月に地権者が変わり、19年6月ごろ立ち退きか、残るとしても現在よりも高額な賃料を支払うよう通告があったという。部分的に土地を取得する話もあったが、費用が高額だったこともあり、将来的な移転を見据えて既に取得していた市大道の敷地に新会館を建設することにした。

 新会館の着工は20年5月で、21年1月ごろの完成を見込む。構想では、地上4階建てで1階は駐車場。2階には沖教組那覇支部が入居し、3階は沖教組本部が使用する。4階のホールには慰霊碑を移設。現会館での慰霊祭は20年6月が最後となり、21年からは新会館で行う。沖教組OBらからは、復帰闘争の拠点となった現会館の取り壊しに反対する声もあったというが、築65年を超えて老朽化していることや、駐車場がなく教職員が利用しづらいということもあり、移転を決断した。

 「闘争の名残を残す要塞(ようさい)のような現会館から開かれた世界へ」が新会館のコンセプトといい、法人の理事長も務める佐賀裕敏・沖教組中央執行委員長は「開放的で、慰霊碑を子どもたちの平和学習にも使えるような会館にしたい」と語った。

(高田佳典、稲福政俊)



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