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米、イランの対立 全面衝突避け情報戦か<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 3日、イラクの首都バグダッドの国際空港でイランの精鋭部隊・革命防衛隊の実力者ソレイマニ司令官らが米軍によって殺害された。ソレイマニ氏が率いるコッズ部隊は、中東地域でイランの影響力を拡大するためにテロを含むさまざまな破壊活動に従事している。

 もっともイランの自己認識は、これとは異なる。イランは神権国家で、シーア派(12イマーム派)によるイスラム世界革命を目標としているのでコッズ部隊は、テロ活動ではなく聖戦(ジハード)に従事していることになる。ソレイマニ氏もイランでは殉教者(シャヒード)として扱われている。4日にテヘランで行われた葬儀には大群衆が集まった。イラン政府だけなく、国民の反米感情も高まっている。

 昨年末、イラクで米国人が犠牲となった複数の事件がソレイマニ氏の指示によって行われたという証拠を米国は、スパイや通信傍受などによってつかんだのだのであろう。

 「やられたらやり返す」というのが米国の論理だ。もっとも、ソレイマニ氏を殺害すればイランが激しく反発することは米国の外交やインテリジェンスの専門家はよくわかっていた。そのリスクについて、国防総省はトランプ大統領に正確に伝えたはずだ。

 ソレイマニ氏を殺害することが自己の権力基盤の強化に資するとトランプ大統領が判断したのだと思う。米国の保守派のイランに対する忌避反応は強い。今年11月の大統領選挙を念頭に置いて米国の敵に対しては殺害を含む毅然たる対応をとった方が内政的に有利になるとトランプ大統領は考えたのだと思う。

 イランのハメネイ最高指導者は、1月3日に「ソレイマニ司令官とその他関係者の暗殺に手を染めた犯罪者らには、激しい報復が待ち受けている」(1月4日、イラン政府が事実上運営するウェブサイト「Pars Today」日本語版)と述べた。

 7日にイラクの米軍基地がイランからの十数発の弾道ミサイルによる攻撃を受けた。しかし、ハメネイ師を含むイラン指導部は、イランが米国に対して本格的な報復を行えば、米軍から攻撃を受けることは必至で、イスラム国家体制の崩壊につながることを冷静に認識している。

 今回の攻撃について、イランではこんな報道がなされている。

 〈国営イラン放送などイランの主要メディアは8日、イラン革命防衛隊の情報源を引用して、同日の対米報復攻撃によって米兵80人が殺害され、200人が負傷したと報じた。情報源は1人で身元も明示されておらず、信ぴょう性は不明だ。/情報源が80人殺害をどう知り得たのかも明らかではない。イランの攻撃の成果を誇張している可能性もある。米紙ニューヨーク・タイムズは米国とイラクの当局者の話として、米国民の犠牲者はいないもようだと報じている。/イランメディアは、ヘリコプターが大勢の負傷者を基地から搬送したとも報じた〉(8日本紙電子版)。

 イラン国民の反米感情を踏まえ、大戦果をあげたという物語が、イラン指導部に必要なので、このような虚偽情報を流布したのだと思う。イラン指導部は、米軍との全面的武力衝突に至らない線を慎重に見極めつつ、イラン国内での自らの権力基盤を維持するために必要最低限の報復にとどまると思う。

(作家・元外務省主任分析官)