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交流は情報漏えいに注意 ロシアの産業スパイ活動<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 昨年6月、玉城デニー知事がロシアを訪問した。今後、県とロシアの間で、経済、文化分野での協力が進んでいくことと思う。その関連で留意しておかなくてはならないことがある。

 1月25日、警視庁公安部は、ソフトバンクの営業秘密を不正に取得し、在日ロシア通商代表部の情報機関員とみられる職員に渡した疑いで、元社員の男を逮捕した。

 通商代表部とは、ソ連時代の国営商社に相当する。現在も日ロ間のビジネスを促進する機関として存続し、幹部職員は不逮捕、免税などの外交特権を持っている。またソ連時代から通商代表部は、諜報機関のカバー(偽装)として用いられてきた。

 今回も、当初は容易に入手できる公開情報を提供させ、接待や小額の金銭報酬を与えることにより、情報提供に慣れさせ、重要情報を入手できる環境整備を通商代表部の職員が行っていたようだ。これはロシアのみならず各国情報機関員が、ヒュミント(人を通じた情報収集工作)で用いる典型的な手口だからだ。

 報道によると、容疑者の男は、素性のよくわからないロシア人と3年間も継続的に接触し、情報を提供し、接待され金銭を受領したということだ、客観的に見れば異常であるが、それを異常と思わなくするような巧みな心理的工作をロシア側は行ったのであろう。インテリジェンスの世界には、そのようなことができるプロがたくさんいる。

 容疑者の男は、ソフトバンクの部長を務めていたので、さまざまな情報にアクセスすることができる。ロシアの工作員は人間的信頼関係を容疑者の男と構築し、男を自発的な協力者に仕立てる工作を行っており、それはかなりうまく進んでいた。

 この通商代表部員をロシアの諜報機関員であると警視庁は認定していたので、監視体制を敷き、容疑者の男と通商代表部員の接触については、写真、動画撮影、録音などを行っていたはずだ。訓練を受けたプロの情報機関員なので通商代表部員も警視庁の追尾には気づいていたと思う。ただし、現時点で、容疑者の男の提供する情報の秘密度が低いので、捜査当局によって摘発されることはないと考えていたのだろう。

 ロシア側は、容疑者の男に今後、尾行を回避して接触する方法を訓練し、より高度な情報を入手することを考えていたのである。警視庁がこの段階で介入することにより、大規模なスパイ活動を未然に防ぐことができた。

 ハイテク分野を中心にロシアと欧米諸国の間でインテリジェンス活動はますます激化していく。沖縄とロシアの経済協力は、相互にとって大きな利益がある。ただし、ロシアの産業スパイ活動に巻き込まれて沖縄企業が不利益を被ることがないように細心の注意を払う必要がある。

(作家・元外務省主任分析官)