ライブの雰囲気を変えたオーナーの助言 老舗のロック喫茶が音楽の古里に 〈「うたの島」から世界へ BEGIN30年の歩み〉②


この記事を書いた人 問山栄恵
現在のBEGIN=2019年12月5日、「B.Y.G」

 東京・渋谷の繁華街から少し抜け出たところに「B.Y.G」と呼ばれる老舗のロック喫茶がある。外壁はうっそうとツタが生い茂り、店内は昭和にタイムスリップしたかのような哀愁が漂う。壁一面にはアーティストのサインやポスターが連なる。地下へ降りると、アンプやドラムセットが置かれたステージがある。「昔はステージが1階で、地下は楽屋だった。月に2、3回は演奏していた」とBEGINの上地等は懐かしむ。「BEGINにとってここは音楽の古里みたいな特別な場所。ここへ来ると家路に着いた気分になる」

現在のBEGIN=2019年12月5日、「B.Y.G」

 かつてB.Y.Gは「はっぴいえんど」や「はちみつぱい」、遠藤賢司といった日本のロックシーンを支えたミュージシャンが“ハコバン”として音楽を発信した場所だ。BEGINもステージに上がり、音楽を届けてきた。

 デビュー曲「恋しくて」(90年)の後、BEGINは次々と新曲を世に送り出すがヒット曲は出なかった。3人は当時20代前半、経験が浅い時期に「恋しくて」がヒットしたのだから、次もヒットすると考えていた。同時にヒット曲を生み出さなければという使命感もあった。「でも、頑張れば頑張るほどうまくはいかなかった」(比嘉栄昇)

 そのような中、3人は所属事務所の紹介でB.Y.Gのオーナーを務める安本隼三さんと出会う。安本さんは東京の杉並区高円寺で開かれたライブで初めてBEGINの演奏を聴いた。「曲の完成度が高いのになぜ売れないのか」と安本さんは疑問に思い、翌日にもう一度聴いた。「曲同士が殺し合っている」と気づいた。

 90年代後半、安本さんはB.Y.Gに3人を招き入れ、ライブをさせた。安本さんは「ライブでは1曲は自分たちがつくったブルースの曲を演奏して、後はカバー曲やポップスなど明るい音楽を披露してみてはどうか」と提案した。助言は功を奏し、会場は盛り上がりを見せた。「それまで重たい空気が漂う3人だったが、ライブを開くうちに笑顔でステージに上がっていた」と安本さんは述懐する。

 島袋優は「安本さんからの音楽の話が、落ち込んでいた自分たちを明るくしてくれた」と感謝を口にする。栄昇は振り返る。「始めた頃は敷居の高い場所で俺たちがライブしていいのかと不安だった。ライブを重ねていくうちに、訪れるお客さんや商店街の人と仲良くなり、気がついたら自分たちにとって落ち着ける場所になった」

 BEGINは気がついたら連続70回マンスリーライブを開き、B.Y.Gの“ハコバン”として活動するようになっていた。
(金城実倫)

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