感染症と人間心理 民族間の軋轢避け冷静に<佐藤優のウチナー評論>


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 新型コロナウイルスによる肺炎での死者が21日で3人になった。新聞やテレビのニュースはこの報道で一杯だ。新型コロナウイルスが脅威であることは間違いない。しかし、季節性インフルエンザで、2018年に3325人が死亡し、合併症による死者を加えると季節性インフルエンザの死者は1万人を超えると推定される。これらの事実を考慮して危機を冷静に算定する必要がある。

 報道によると、1月から季節性インフルエンザの罹患者(りかんしゃ)が3分の1ほど減少しているという。新型コロナウイルスに関する報道で、人々が手洗いを励行するようになったのが大きな理由と見られる。今年の季節性インフルエンザによる死者は例年をはるかに下回るであろう。新型コロナウイルスによる肺炎による死者と季節性インフルエンザによる死者の合計が例年を下回る可能性もある。新型コロナウイルスの脅威を過大評価も過小評価もせずに冷静に恐れなければならない。

 新型コロナウイルスに関するロシアの政府とマスメディアの反応は、日本と比較するとはるかに冷静だ。

 ロシア政府が事実上運営するウエブサイト「スプートニク」(日本語版)は、2月18日に、〈中国の新型コロナウイルスによる死者数が1千人を超えた。一方で感染症を克服し、無事退院できた人がほぼ4千人いるというのも希望が持てる。ウイルスが及ぼす影響は健康だけではない。これによって生まれる恐怖、憎悪、民族間の軋轢(あつれき)は恐ろしく、こうした心理状態に対抗するのは咳(せき)や熱の症状に劣らず困難だ〉と指摘したが、事柄の本質を突いていると思う。

 ロシアでは、西側マスメディアが新型コロナウイルスの脅威を実態よりも過大に報道していることを懸念している。この関連で、ロシアの専門家は人間の心理面に着目する。

 〈ロシア科学アカデミー心理学研究所の上級研究者アナスタシア・ヴォロビオヴァ氏はこのテーマは作為的にあまりに大きな焦点を当てられていると考えている。/「恐怖を生む要因は複数あります。公式的、非公式的マスコミが様々な情報発信をしている。これによって公式的なマスコミへの不信感が生まれ、情報の一部を作為的に隠蔽(いんぺい)しているのではと勘繰られてしまう。医療、生物学に明るくない人はいつもいるわけで、非公式的なマスコミからの情報の正誤を吟味できない。カタストロフィー(破局)をテーマにした映画も恐怖症をあおってしまう。映画は謎の危険なウイルスに大規模感染してしまう様子をまことしやかに描いているからだ。」〉(前掲「スプートニク」)。

 カタストロフィー映画が人々の恐怖感の背景にあるというのは、指摘の通りと思う。

 〈心理学博士でロシア科学アカデミー心理学研究所で教鞭をもつアレクサンドル・ヴォロビヨフ教授も感染症の蔓延時の人間の心理はマスコミに左右されるという見解に同意しており、マスコミはショッキングな内容を避け、パンデミックの事態でパニックを引き起こさないために、どういった行動をとるべきかを説明する立場にあると指摘している。こうした一方でヴォロビヨフ教授はショッキングな情報の作用で一度、外国人嫌悪が発生してしまうと、感染症が広まる中でこれを取り除くのは極めて難しいと認めている。/「外国人嫌悪は恐怖感をあおる知識に対する一種の防衛反応です。恥ずべき現象ですが、状況が安定し、危険が去るとともに割合と早く消えていきます。」〉(前掲「スプートニク」)。

 ロシアの有識者やマスメディアの冷静な見方からわれわれが学ぶべきことは多いと思う。

(作家・元外務省主任分析官)