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敵基地攻撃能力 北東アジア安全機構を<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 日本の安全保障政策が大きく変わりそうだ。政府は国家安全保障戦略(NSS)を初改定する方針を固めた。

 <政府は地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画停止を受け「国家安全保障戦略」を改定する方向で検討に入った。代わりの抑止力として敵基地攻撃能力の保有を視野に入れる。国家安全保障会議で、新たなミサイル防衛の在り方に加え、経済安保、新型コロナウイルス収束後の国際ルールの枠組みといった3分野を軸に夏から議論を開始。年内の改定を目指す。複数の関係者が19日、明らかにした。/国家安保戦略は外交と安保政策の包括的な指針。2013年12月の閣議決定以来、改定は初めてとなる>(19日本紙電子版)。

 改訂で注目されるのは敵基地攻撃能力に踏み込む可能性があることだ。敵基地攻撃能力とは、敵のミサイル発射拠点などを直接破壊することができる兵器を保有するという意味だ。1956年に鳩山一郎内閣は、<日本に攻撃が行われた場合、「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」とし、「他に手段がない」場合に限り、ミサイル基地を攻撃するのは「法理的には自衛の範囲」と説明。これが政府見解として歴代内閣に引き継がれてきた。/敵基地攻撃能力の保有は、憲法上禁じてはいないとする一方、政府はこれまで、そうした能力は米軍に委ねると表明してきた>(23日「朝日新聞デジタル」)。

 敵基地攻撃能力は、憲法上認められているが、これまでは政策的に封印されていた。この封印を政府と自民党は解こうとしている。

 イージス・アショアは、外国のミサイルから日本を守る「盾」だ。「盾」を持てなくなったから「矛」で身を守るという発想は、安全保障の論理からすると合理的だ。しかし、敵基地攻撃能力を持つ、防衛を口実に用いて攻撃を日本から仕掛けることも可能になる。

 日本は専守防衛で攻撃能力を持たないというゲームのルールの下で東アジアの安全保障環境が維持されていた。このルールを日本が積極的に変更しようとしている。

 この政策転換は、北朝鮮のみならず、中国、ロシア、韓国を刺激する。特に中国とロシアは、日本が中距離弾道ミサイルを保有するのではないかと警戒すると思う。その結果、日本を標的にした攻撃兵器の配備を中国とロシアが強化することになるだろう。

 ロシア、中国の弾道ミサイルや巡航ミサイルには核兵器を搭載することが可能だ。日本政府が敵基地攻撃能力を持つようになると、沖縄に対する核兵器と通常兵器による攻撃の可能性が高まる。中国、ロシアと外交ルートを通じて信頼醸成措置をとらないと軍拡競争が進み、偶発的な核戦争のリスクが排除されない。日本、米国、中国、ロシア、韓国、北朝鮮、モンゴルなどの北東アジアにある諸国が相互不可侵と核先制使用の禁止、紛争解決における武力不行使などを定めた北東アジア集団安全機構を創設する必要がある。

(作家・元外務省主任分析官)