敵基地攻撃能力の保有 対話なく暴走する自民党<佐藤優のウチナー評論>


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 敵基地攻撃能力の保有に向けた自民党のアプローチに筆者は強い危惧を覚えている。自民党の弾道ミサイル防衛に関する検討チームが10日に東京永田町の党本部で第2回会合を行った。

 〈谷内正太郎・前国家安全保障局長と神保謙・慶応大教授が講師として出席。敵基地攻撃能力の保有を念頭に、防衛力を強めるためには一定の打撃力の保有は必要で、日本が同盟の補完的役割を強化することは米国も歓迎するだろうといった説明があったという。/検討チームは敵基地攻撃能力の保有についても議論し、7月中に提言をまとめる。自民党は過去に敵基地攻撃能力の保有について政府に検討を求めた経緯があり、改めて必要性を訴える内容になるとみられる〉(11日「朝日新聞」朝刊)。

 谷内氏が敵基地攻撃能力保有に関して、公の場で前向きの発言をし、それが新聞に報じられたことによってこれまでと位相が変わることになった。谷内氏は元外務事務次官で外交実務に通暁している。しかも去年9月まで国家安全保障局長をつとめていた。公職から退任して1年足らずの人物が、日本の安全保障政策を抜本的に変化させる敵基地攻撃能力保有に踏み込んだことで、ロシア、中国、北朝鮮、韓国は、日本政府は本気で政策変更に踏み切るつもりだと判断するであろう。

 確かに日本の安全保障をめぐる状況は大きく変化しつつある。サイバー攻撃のように従来と異なる脅威が生じているのは事実だ。外国のサーバーからサイバー攻撃が行われている場合、その攻撃を阻止するために行動することは、敵基地攻撃能力に該当するかもしれない。そのような現実的問題について検討していくことは必要だと思う。弾道ミサイル防衛を議論の入口にすること自体が不適当だ。

 敵基地攻撃能力の保有は憲法上認められているというのが歴代政府の立場だ。それを今まで政治的に封印してきた。この封印を解くことは憲法には違反しなくても重大な政治的影響を持つ。

 ちなみに憲法上、核兵器の保有は禁止されていないというのが歴代政府の見解だ。しかし、政策的に日本は核保有を封印している。この封印を解いたらどのようなことになるであろうか。敵基地攻撃能力の封印を解くことは、核保有に次ぐくらいの外交的衝撃をもたらす問題だ。

 そもそも「イージス・アショア」には、ブースターの離脱時に周辺地域住民の安全を保障できないという問題があった。これは導入にあたって真っ先に検討しなくてはならなかった問題だったはずだ。この点の検証もきちんとせずに、敵基地攻撃能力の保有に話を進めるというのは手続き的にも間違っている。自民党は暴走している。

 自民党と連立を組む公明党は敵基地攻撃能力の保有について一貫して慎重だ。自民党には公明党とていねいに話し合おうとする姿勢がない。こんな乱暴なやり方で安全保障政策の重要事項を変更できるはずがない。

 勇ましいことを口にする人が愛国者とは限らない。自民党の一部の人々は、安全保障を軍事面でしか考えていないようだ。外交や経済、国民心理などを総合的に考えて、国益に資する安全保障戦略を構築するのが政府と与党の責務と思う。

(作家・元外務省主任分析官)