社会
戦後75年・言葉を刻む 

道中は死体だらけ。兵隊より住民の方が多く、五体満足な死体はなかった 言葉を刻む(6)

道中は死体だらけ。兵隊より住民の方が多く、五体満足な死体はなかった

木本勇さん、滋賀県大津市

 沖縄に配備された第32軍司令部に出向し、首里城地下の壕内で印刷事務を担当していた。

 だが、戦線は悪化し、所属した元部隊も激戦でほぼ壊滅。南部への撤退は死の道だった。軍の指揮系統はなく、ばらばらの後退。サトウキビ畑の合間を走り、米軍機の機銃から逃れた。

 途中の壕では「住民を追い出す兵も見た」。民間人の犠牲の多さが目に焼き付く。約3カ月間、摩文仁の海岸に隠れたが、傷を負い、食糧は尽き、「もう戦う気は誰もなかった」。

 75年前の8月26日、敗戦を知らぬまま、米軍に白い布を振った。

(2017年、京都新聞取材=当時95歳)


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