産科医師 過酷な勤務 住民の命守る 思い胸に<北部 命の現場・基幹病院設立の課題>3


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幼いころの写真を見る八前華さん(右)と母親の沙樹さん=20日、伊江村川平

 北部医療圏の医師不足が表面化したのは2005年、県立北部病院の産婦人科が休診した時だった。06年11月、伊江島に住む八前(はちまえ)沙樹さん(41)は県立中部病院で長女の華さんを産んだ。妊娠当初、北部病院の産婦人科が患者を受け入れておらず、名護市内の個人院を利用していた。

 伊江島の自宅で過ごしていた31週目の夜、出血した。痛みはなかった。看護師に電話で相談し、翌朝のフェリーで名護市の個人院に向かった。切迫早産と診断され、そのまま入院。「正期産」となる37週目まで絶対安静だった。

 33週目に前期破水し、医師は「赤ちゃんが自発呼吸できるか分からない」と告げた。フェリーが運行していない時間帯のため家族は駆け付けられず、八前さんは一人で中部病院へ救急車で搬送された。「無事に生まれるか。不安しかなかった」。両親や夫も駆け付け、やがて陣痛が始まった。

 翌日の深夜、華さんは生まれた。1984グラムと小さいが健康だった。華さんはすぐに新生児集中治療室(NICU)に移された。沙樹さんは1週間で退院した。「健康で生まれたから良かったが、島から遠い中部での出産は心細かった」

 あれから15年、この間に県立北部病院産婦人科は制限と再開を繰り返した。18年度は医師2人で診療を制限していた。19年度は3人に増員し、24時間体制を取る。緊急時の呼び出しにも対応している。

 産婦人科の手術件数は18年度に116件で、このうち緊急手術は56件だった。19年度に212件、緊急手術は90件とほぼ倍増した。帝王切開や前置胎盤など、これまではリスクが高く受け入れを制限していた手術もできるようになった。昨年度は4組の双子が誕生した。

 久貝忠男院長は言う。「みんな120%以上の力でやっている。それは住民の暮らしを守るために。安心な医療を提供したいという、その一心ですよ」

 05年に産婦人科が休診した時、同科の医師は4人だった。現在はそれよりも少ない医師3人で回し、懸命な取り組みが続く。「良くない勤務態勢ではある。24時間体制はぎりぎりの状態。職員の思いは強いが、この体制がずっと続くのは無理だ。倒れてしまう」。北部基幹病院の早期な整備を求め、改善につながることを期待した。

 全国的にも産婦人科医は減少傾向にあり、安定的な医療が揺らいでいる。住民の切実な声、医師の覚悟と苦悩が交錯する。

(岩切美穂、阪口彩子)

 


 人口約10万人の北部医療圏には、県立北部と北部地区医師会の同規模の急性期病院がある。診療科が重複するなど医療提供体制が分散され、慢性的な医師不足に陥っている。2病院を統合する北部基幹病院整備が動き始める。医師不足や住民が等しく医療サービスを受けられない医療格差の現場と課題を追った。