沖縄の「アマビエ」は牛だった? 年月かけ多様化した伝説<沖縄と流行病1>


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 沖縄で受け継がれてきた祭りや伝承の中には、人々が流行病(フーチ)に苦しんだ歴史の痕跡が残っている。新型コロナウイルスの感染拡大が国内外で続く中、沖縄で昔から継承されてきた流行病を防ぐための儀礼や習慣などについて、沖縄民俗学会会員の宮平盛晃さんが全7回の連載で紹介する。

村落の入り口に吊される牛の骨=2003年、本島南部

 昨今のコロナ禍で、流行病に関する祭りや伝説への関心が高まっている。中でもアマビエという妖怪は、キャラクターとしても注目を集めている。

 江戸時代後期の1846年、現在の熊本県の沿岸で、海中から光輝く姿で現れ豊作・疫病などに関する予言をしたとされる半人半魚の妖怪がアマビエである。

沖縄の予言者

 沖縄でも流行病の前に、アマビエのように流行病を予言し、その対処法まで教えてくれた妖怪が出現したという言い伝えがある。

 その予言者は「牛」であった。左に伝説の内容を要約した。

 昔々、沖縄本島のある村人が道を歩いていると、道端にいる牛に「水を飲ませてくれ」と話しかけられた。驚きつつも水を飲ませると、牛は村人に、近いうちに疫病が蔓延(まんえん)することと、その感染は、私(牛)の骨を村の入り口に吊(つる)し、血を家々の戸口にぬり、肉を皆で食べることで防ぐことができることを教えたという。以来、毎年この村では、シマクサラシという年中行事が行われるようになった。

アマビエとの類似点

 一見異なるアマビエと牛(―)にはいくつかの共通点がある(以下、言葉を話した牛(―)を指す場合は傍線を引く)。

 まず、牛(―)がほかの牛と姿が異なっていたという伝承はない。村人は牛(―)の様子を見てではなく、「しゃべった」ことに驚き、立ち止まったのである。見た目は何の変哲もない牛であった。

 一方、アマビエは異形の姿や言葉を話すことに加え、体から光を放っていたという。

 しかし、よく見ると、アマビエには、体を覆う魚のようなうろこやくちばしがある。両者には、動物という共通点がみられる。

 アマビエのように疫病を予言し、自身の写し絵で感染を防ぐよう人々に教えた、アマビコやヤマワラワ(山童)という妖怪も動物に似て、全身が毛に覆われた猿のようであったとされる。

 感染防止の方法は、私を食べて骨をかかげよ、という牛と、私の写し絵を人々に見せよ、というアマビエでは大きく異なるように見える。だが、これも、「自分自身を使いなさい(感染防止のために)」という点で共通している。

 写し絵という技術を用いない、動物だけを使う方が古い防疫方法であったのではないだろうか。

身近な神秘的生物

 村落への疫病の侵入を防ぐための年中行事であるシマクサラシ儀礼には、動物が必要とされた。

 その種類は琉球諸島全体でみると、豚が最多で、2番目に多いのが牛であった。

 その牛を使う村落の割合が高いのが、疫病を予言する牛の伝説が多い、沖縄本島中南部であった。

 身近にいる動物の中で、神聖視されていた特定の生き物に対する認識がもととなり、その生き物が疫病の発生を予言し、その感染防止法を村人に教えてくれたという伝承が生まれたのではないか。

 漁業を営んでいたと推測される熊本沿岸部では魚の要素を持つアマビエが、儀礼に牛を使う村落が多い本島中南部では牛が、伝説の主人公となったのであろう。

様々な伝説の意味

 もう一つ注目したいのが、シマクサラシの誕生伝説は、しゃべる牛だけではないことである。

 数の多い順に、(1)流行病の大流行(2)言葉を話す牛(3)人食風習の変化(4)怪物や幽霊の村落への侵入(5)難破船の漂着(6)殺人の免罪(7)神様や幽霊からの伝授―と七つもの話型に分類でき、バリエーションが非常に豊富である。

 事例数のもっとも多い(1)は、疫病の大流行を契機に、儀礼が始まったという話型である。長くない間隔で村落に脅威をもたらす災害に対し、その防除方法への意識が高まって儀礼が始まり、由来譚(ゆらいだん)として語り継がれたと考えられる。

 (5)は昔、村落近くの海岸へ難破船が漂着し、その乗員から感染が広がったことがあり、その再発を防ぐために儀礼が始まったというものである。この話型が確認できた村落はいずれも海岸沿いであった。

 村落をめぐる生活や自然環境、歴史的事実などが融合し、多種の由来伝説が生まれ、言葉を話す牛やアマビエに結びついたと考えられる。

 特定の祭りが、いつからその村落や地域で始まったのかを、歴史的史料や遺物に頼らずに明らかにするのは非常に難しい。

 ただ、牛が言葉を話したという内容や、多様な由来譚は、今から約150年前の明治または大正時代といった近代ではなく、より古い時代から、長い年月をかけて生成されたと考える。

   ■    ■

 沖縄の人々が、いつ頃から流行病や、それを防ぐ儀礼とともにあったのかということ等を、シマクサラシ儀礼を中心に回を分けて探っていきたい。

宮平盛晃さん

 みやひら・もりあき

 1978年沖縄県生まれ。沖縄文化協会会員・沖縄民俗学会会員。専門は南島民俗学。著書に『琉球諸島の動物儀礼―シマクサラシ儀礼の民俗学的研究』(2019年、勉誠出版)など。