大切な人へ平和の誓い 76年目の対馬丸慰霊祭、遺族ら思いはせ


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 子どもたちを乗せた「対馬丸」が米軍の魚雷攻撃で沈没し、76年となった22日、那覇市若狭の「小桜の塔」には、遺族らが次々と焼香に訪れ、祈りをささげた。子どもを失った祖母の無念を思いやる孫、幼い弟の面影を胸に毎年訪れる女性―。それぞれが大切な人を思い、静かに平和を誓った。

対馬丸が撃沈され犠牲となった1484人を追悼し、平和を願った慰霊祭=22日午前10時すぎ、那覇市若狭の小桜の塔(大城直也撮影)

 新型コロナの影響で縮小して営まれた慰霊祭は、曇り空の下、午前10時に始まった。静寂の中、汽笛の音が響き渡り、参列者が黙とうした。まぶたを閉じる人、小桜の塔をじっと見つめる人、膝の上で両手を握り締める人。それぞれが犠牲者の冥福と平和を祈りに込めた。辺りにはオオゴマダラなどのチョウが飛び交った。

 慰霊祭が終わるのを待たず、焼香をしようと訪れた人の列ができた。終了時刻の午後4時まで人は絶えず、300人ほどが小桜の塔を訪れた。

 夫と娘、5歳と13歳の孫と一緒に焼香に訪れた仲松かおりさん(60)=中城村=は叔母の孝子さんが対馬丸で犠牲になった。父の城間祥介さん(享年90歳)から孝子さんの話を幼い頃から聞いていたという。孫も連れ、初めて3世代で訪れた。仲松さんは「自分も親になり、祖母がどんなにつらかったかを改めて感じた。語り継いで孫には平和をつくり出す人になってほしい」と願った。娘のあかりさん(30)は「来年も子どもたちを連れて訪れたい」とほほ笑んだ。

 慰霊祭に参列した平良輝子さん(95)=那覇市=は弟の大田保弘さんを11歳で亡くした。「弟はとても理知的で活発、思いやりがあって、木登りが上手だった。何もしてあげられないけど毎年来ている。コロナで人が少ないのは残念」と語った。

 対馬丸記念会の高良政勝理事長(80)は縮小された慰霊祭について「戦後75年なので本当は盛大に開きたかった」と話した。新型コロナウイルスの影響で対馬丸記念館が休館していることに触れ「対馬丸記念館は個人でやっている。ずっと後世に残すために行政が責任を持って引き継いでほしい」と訴えた。