安倍政権の総括 「首相機関政治」変わらず 沖縄問題の行方は…<佐藤優のウチナー評論>


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 8月28日、安倍晋三首相が健康問題を理由に辞意を表明した。安倍政権の特徴は、「首相機関説」で見た方がわかりやすい。カリスマ型政治で自らのイニシアチブで政策を進めた小泉純一郎元首相とは異なり、安倍氏は側近に政策の企画立案を任せていた。側近からあがってくる政策で、安倍氏がやりたい事柄についてはアクセルを踏み、やりたくない場合はブレーキをかけるというスタイルだった。戦前・戦中に重臣が裁可を求めてあげてくる政策に同意できないと不機嫌に横を向いたという昭和天皇の統治スタイルに似ている。

 菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長が次期首相になっても、「首相機関」という構造は基本的に維持される。側近グループの変更によって政策が変更する可能性はある。ただし、システム全体を動揺させ、機能不全に陥らせるような大胆な政策変更はできない。

 安倍第2次政権の外交は、前期と後期に分けて考えることができる。前期は、谷内正太郎国家安全保障局長、兼原信克内閣官房副長官補らが側近となっていた時期で「自由と繁栄の弧」外交を展開した。名称は美しいが、日本が、米国、西欧、トルコ、インド、東南アジア諸国などと連携して、イラン、中国、ロシアを同時に封じ込めるという戦略だった。率直に言って誇大妄想的だ。

 その結果、日本と中国、ロシアの関係は悪化した。ロシアとの関係では、対ロ強硬派である原田親仁(前駐ロシア大使)が政府代表に任命され、交渉を担うようになったため北方領土交渉は頓挫した。このような現実離れした外交政策を展開する人が徐々に権力の中枢から遠ざけられた。

 それに変わって官邸主導外交で大きな役割を果たすようになったのが今井尚哉首相補佐官、北村滋国家安全保障局長だった。今井氏、北村氏は官邸官僚と呼ばれ、一部のマスコミはあたかも安倍首相の使用人のようだと非難する。官邸官僚と呼ばれる人の中には、人格的、能力的に疑問符がつく人がいることも事実だ。

 しかし、今井氏と北村氏は別だ。民主党政権のとき、今井氏は資源エネルギー庁の次長として、北村氏は野田政権の国家安全保障局長として時の政権を全力で支えた。今井氏も北村氏も、自分が仕えるのは国民の民主的手続きによって選出された時の政権であるという認識を強く持つ。いわば国家至上主義の官僚だ。

 安倍政権で沖縄問題は、菅氏とその側近グループの専管事項になっていた。今井氏や北村氏のグループが沖縄問題を担当していれば、辺野古新基地建設以外のシナリオ(しかし、それは米海兵隊普天間飛行場の県外・国外移設ではなく、県内移設)もあったと思う。

 現時点で石破茂元自民党幹事長が次期首相になる可能性はほぼない。ただし次期政権が国民の信頼を失って崩壊することになれば、石破氏が首相になる可能性もある。その場合、事態はかなり混乱する。石破氏は、安倍政権の「逆打ち」を政策として推進することによって自己の権力基盤強化に腐心するであろう。辺野古新基地建設以外の県内分散移設案が出てくる可能性がある。しかし、それが沖縄の米軍専用施設過重負担の抜本的解決には繋(つな)がらないと思う。

 石破氏は党内のみならず、財界の基盤も弱い。石破氏としては検察を味方に付け、森友学園・加計学園問題、桜を見る会の問題など「安倍政権の腐敗と汚職を徹底的に追及する」というポピュリズム的手法に訴えて、自らの権力基盤を拡大することになるであろう。日本の内政は著しく不安定になり、外交どころではなくなる。沖縄に対する関心も安倍政権より低くなるだろう。コロナ危機から脱却できない状況で内政の混乱は何としても避けたい。

(作家・元外務省主任分析官)