社会
戦後75年・言葉を刻む 

今でも夢に見らあや、玉城や渡辺を 言葉を刻む(8)

今でも夢に見らあや、玉城や渡辺を​

高知県黒潮町、武政福一さん

 1945年4月、「水上特攻」を命令され沖縄へ向かう駆逐艦「涼月(すずつき)」に乗っていた。

 鹿児島沖で米軍機の爆撃を受けた。任務は「甲板整理」。遺体を海に流す役割だった。戦艦「大和」が沈没するのを間近で目撃した。

 沖縄出身の「玉城」と愛媛出身の「渡辺」は、出撃前に家族に送る写真を一緒に撮った戦友だった。

「渡辺」は「爆弾が落ちて、体がどこに飛んだか分からん」。九州で再会した「玉城」は頭が焼け、鼻もない。「なぜおらを(海に)流してくれなかった?」と泣いて責められた。その後の消息は分からないという。

 (2015年7月25日、高知新聞掲載=当時90歳) 


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