社会
戦後75年・言葉を刻む 

しばらく見つめたまま 動けなかった 言葉を刻む(9)

しばらく見つめたまま 動けなかった

徳島県鳴門市、笹田薫さん 

 14歳だった1941年、艦艇建造の中心地として有名な軍事施設である旧呉海軍工廠(広島県)に入廠(にゅうしょう)した。

 名だたる艦艇を目にしていたが、特に存在感を放っていたのが世界最大級の戦艦「大和」。全長263メートル、基準排水量6万5千トン、射程40キロを超える口径46センチの主砲を搭載するなど、圧倒的な迫力に衝撃を受けた。

 乗船の経験はないが、日本の造船技術を結集させた戦艦だとひしひしと感じた。しかし、その大和は太平洋戦争末期の45年4月、沖縄へ向かう途中に米軍機の猛攻を受けて沈没した。「なんぼ大和が優秀でも無謀な作戦だった」。 

(2020年徳島新聞取材=93歳) 



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