社会
戦後75年・言葉を刻む 

超低空飛行の艦載機は既に手が届きそうに近い 言葉を刻む(11)

超低空飛行の艦載機は既に手が届きそうに近い

福井県敦賀市、岸本博義さん

 

 敦賀駅に勤務していた。艦載機が現れたのは1945年7月30日午前。B29の焼夷弾(しょういだん)攻撃から3週間もたっていない。

 米軍機の爆音を聞いた。車両の打音検査で小さな異常も聞き分ける自慢の耳。「いつものB29と違う」と直感した。防空壕(ぼうくうごう)へ走ったが間に合わない。とっさに貨車の端に潜り込んだ。同時に、車両のもう一方の端に爆弾が落ちた。

 ガーンと大きな金属音がして、何も聞こえなくなった。両耳の鼓膜が破れていた。右腕に破片が食い込み、あごがぱっくり切れた。傷は今も残る。

(2015年、福井新聞取材=当時86歳)



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