社会
戦後75年・言葉を刻む 

母は遺骨もない墓に向かって「出てきておくれ」と泣きついていた 言葉を刻む(13)

母は遺骨もない墓に向かって「出てきておくれ」と泣きついていたが、兄は出てきてくれなかった

京都市右京区、岩崎三之利さん

 

 1944年8月、兄・治三郎さんは中国から転戦し、沖縄戦の最前線に配置された。

 翌年4月20日、浦添市の伊祖高地で戦死。23歳の若さだった。しばらくして兄の戦死公報が家に届く。線香を立てて拝んでいた母の背中が今でも忘れられない。

 終戦後、沖縄を慰霊で訪れ、手を合わせると涙がこぼれた。「兄のことを考えると今でも胸が詰まる。きっと帰りたかったんだろう」

(2017年、京都新聞取材=当時83歳)

 



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